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トップページ 産業保健と看護 【後編】実際に離職をどう防ぐ?産業看護職に期待すること|介護離職を防止しよう! 仕事と介護の両立支援

介護離職者の増加を背景に、2024(令和6)年5月31日、厚生労働省より「育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法改正ポイントのご案内」が出されました。

本連載では、前編・後編に分け、介護離職の防止に関して産業看護職に求められることについて考えていきたいと思います。後編は、株式会社ケアウィル代表の笈沼清紀さんと行った対談をお届けします。



坪田 笈沼さんは2019年にケアウィルを設立し、ケア衣料の開発や販売、コンサルティングなどを行っています。同社を設立するに至る過程では、介護離職も経験されています。


笈沼 当社は「服の不自由を解決する」というビジョンのもと、体が不自由な方や介護する方、医療従事者などと共にモノづくりに取り組んでいます。代表的な商品である「アームスリングケープ」は、三角巾とケープが一体化した服。骨折や五十肩、片麻痺などの方も一人で簡単に着脱できるうえ、首を痛めず疲れないという特徴があります。ケアの必要な人の人生に永く寄り添うことを目指し、服作りを通じて社会にある境界線を「にじませる」ことが、当社のミッションです。

私はケアウィルを設立するまでに、ITコンサルティング、M&Aアドバイザリー、経営企画、事業企画、執行役員などさまざまな職種や役職を経験してきました。一方で、精神障害で闘病している父の介護を子どものころから行っていました。父は晩年、認知症を患いました。当初は特別養護老人ホームに入居していたのですが、やがて認知症が進行。認知症病棟に移ることになりました。

病院へ移ったことに伴い、介護をする私と母の負担も増えました。当時の私は会社役員で管理職でしたから、仕事に関する時間と場所の自由度は比較的高かったです。それでもやはり仕事と介護との両立には無理が生じるようになり、離職するという苦渋の決断に至りました。


坪田  産業看護職の方からは、「介護離職について、経営陣からの理解が得られない」という悩みをよくうかがいます。そういった方はぜひ、笈沼さんの体験を経営陣に話してください。事業を立ち上げたり海外を飛び回ったりという仕事をしていた笈沼さんが、家族の介護のために退職してしまうのです。会社にとって、すごい損失ですよね。

経済産業省の試算では、従業員数3,000名の大企業の場合、介護離職者が発生することで7,008万円の損失額が生じるとされています。従業員数100名の中小企業の場合は87万円です。これだけの経済的損失が生まれるということを認識しなければなりません。

笈沼さんは、会社からどのような支援があれば介護離職の防止に役立つと思いますか。


笈沼  身近に相談できる存在がいればありがたいだろうなと思います。介護は本人や家族の状況が千差万別なため、非常に個別性が高いです。そのため、人事部などに相談窓口を設けたとしても、得られるアドバイスは一般論にとどまってしまう可能性があります。とはいえ介護について何もわからない段階であれば、話を聞いてもらえることで、「会社も理解してくれている」と思え、精神的に救われます。個別性・専門性の高い状況に対しては、人事部などが地域の介護事業者や専門機関などとの橋渡し役を担うといいように思います。


坪田  今回行われた育児・介護休業法の改正では、介護休業などの制度について、会社が従業員に対して個別に周知することが義務付けられました。主に人事部門が中心になって、しっかりと情報提供を行わないといけないのです。さらに、相談体制の整備も義務付けられます。ここを担うのが産業看護師さんです。

産業看護師さんは、臨床経験や学生時代の実習などを通して介護が必要な人を目の当たりにしているはずです。同じような経験を人事部の人が持っているかというと、その可能性は高くありません。この違いは大きいです。相談者の実情をより理解し、寄り添った対応を期待できるからです。


笈沼  情報提供という点では、介護に関する啓発活動は大切だと思います。「何歳になるとこのようなことが起こることが多いですよ」「介護に関してはこれぐらいの費用がかかることが一般的です」「困ったときの相談先はこの部署です」といった「もしも」が起こる前に情報を早めに提供しておくのです。親が歳を取り、体や心が衰えていくというのは、ほぼ確実にやってくる現実です。そのときにお金がかかることも家族に新たな負担が生じることも現実です。そういった「リアル」をあらかじめ知っておくことは大切です。


坪田 介護のことは、思った以上に皆さんに知られていません。親に何が起こるのか、そのとき家族はどうなるのか、それを支える制度は何があるのか。そういったことがなかなか知られていないのです。

もう1つ私が気になっているのが、会社は従業員の状況を把握しているだろうかという点です。ある調査では、社内に家族の介護が必要な従業員がいるかどうかという状況について、「全員の状況を把握している」と答えた企業が3.5%もいました。「本当にそんなにもいるの!?」と私はびっくりしました。


笈沼 会社が従業員の家族や家庭のことを把握しないというのは、男性を中心にして作られてきた日本的な会社社会の弊害だと私は思っています。僕たちが働き始めた2000年代初めでも「仕事に家庭を持ち込むな」と言う上司もいましたし、仕事のせいで親の死に目に会えなかったことを美徳として話す方もいました。でも今はもうそんな時代ではありません。会社は従業員の家族や家庭のことを把握し、配慮することが求められているのです。


坪田  介護には生々しかったりデリケートだったりする側面があります。そのため、従業員からすると「言いにくい」「言ったら気を使わせて申し訳ない」となりがちですし、会社側も聞くことをためらいがちです。でも介護休暇が制度として整えられ、今回の改正のように拡充を図っていくのであれば、「言いにくい」「聞きにくい」も解消されていくように思います。会社側は従業員に対して、「法律でこのようなことが定められています。あなたにはこのような権利があり、会社はそれを支援する義務があるからです」と説明できるからです。


笈沼  抱えているものを打ち明けられないことは、日本社会全体の弱みかもしれませんね。早い段階で相談して打ち明けることができれば、共感してもらったり具体的なアドバイスをもらったりできます。それが心理的にも物理的にも負担の緩和につながるのです。


坪田  そこがまさに産業看護職の出番です。日本にはびこる「言えない文化」の打破は、産業看護職の腕の見せ所だと私は考えています。笈沼さんは、産業看護職に期待する点などはいかがですか。


笈沼  これまでの産業看護職は、労働にともなうケガや病気などを防ぐことや、心身の健康維持・増進に軸足を置いてきたのではないでしょうか。いわば、マイナスを発生させずゼロを保つ役割です。でもこれからは、ゼロをプラスにしていく役割が期待されている時代だと思います。介護離職を防止することは、従業員の会社に対する愛着やロイヤルティ(忠誠心)が高まり、生産性の向上などにつながっていくはずです。そのような、「プラスを生み出す取り組み」として介護離職の防止をとらえてみてください。きっと経営陣も前向きに受け止めてくれるはずです。

海外では介護や育児で休暇を取得したことと、その後の仕事のパフォーマンスの関係性についての調査も行われています。それによると、状況を客観的に捉える力が高まったり、チームメンバーへの理解度が向上したという結果が報告されています。管理職としての資質向上に、介護や育児の休暇が役立つと言えるのです。労働人口が減少するなか、日本では今後、高齢者を雇用する機会が今以上に増えていくでしょう。そういった職場では、介護経験が社員の強みになることも考えられます。雇用した高齢者の気持ちに寄り添うことができたり、周囲の職員との橋渡し役になることが期待できるからです。産業看護師さんにはぜひ、介護経験が会社の経営にもたらすメリットに目を向け、経営陣に伝えてもらいたいです。


坪田  私は、産業看護職が日本の未来を救うと考えています。なぜなら、社会保障費の抑制という日本の未来にとって不可欠な取り組みを、産業看護職が支えているからです。

笈沼さんのおっしゃるとおり、産業看護職はこれまで、マイナスをゼロにする役割に軸足を置いてきました。従業員の健康促進などにより、医療費の抑制に貢献してきたのです。これからはゼロをプラスにしていきましょう。産業看護職が取り組む介護離職の防止は、介護費の抑制という効果をもたらすだけではないのです。誰もが安心して仕事にも介護にも取り組むことができる職場を作ることで、会社の活力、ひいては日本社会の活力を高めていく仕事なのです。誇りを持って取り組んでいこうではありませんか。

法改正にともなって産業看護職に期待される役割が大きくなります。「1人では仕事が回らない」という悩みの声も聞こえています。そこで、考え方を変えてみましょう。仕事が増えるんだから、人も増やしてもらいましょう。産業看護職の増員を職場で申し出てください。今こそチャンスです!




前編はこちら



◆著者プロフィール

笈沼清紀(おいぬま・きよのり)

株式会社ケアウィル 代表

2003年学習院大学経済学部経済学科卒。2013年米国 Hult International Business School MBA(経営学修士)。日本総合研究所やSMBC日興証券を経て楽天に入社、ケンコーコムへ出向し、事業マネジメントを担当。その後、ジンズ執行役員で経営企画・事業開発に従事、KDDIでEコマース戦略の立案・実行を担う。父の介護を経て、2019年に株式会社ケアウィルを設立。「アームスリングケープ」「洗濯ネットバッグ」「車いす利用者用レインウェア」でグッドデザイン賞を3製品連続で受賞。「服の不自由を解決する」というビジョンのもと、体が不自由な方や介護する方、医療従事者などと共にモノづくりに取り組む。


▼株式会社ケアウィルホームページ
ホームページ 
▼Xアカウント
@NoriOinuma


坪田 康佑(つぼた・こうすけ)

一般社団法人日本男性看護師会 発起人
産業保健師スクール 講師

2005年慶應義塾大学看護医療学部卒。2010年米国Canisius大学MBA卒。2019年に経営する訪問看護ステーション、医療AI会社など全事業EXITし、現在は、国際医療福祉大学博士課程在籍しながら、オンラインスクール「産業保健師スクール」開設や看護DX会社の顧問を勤める。著書に『老々介護で知っておきたいことのすべて 幸せな介護の入門書』『看護管理者のためのコーチング実践ガイド臨床を動かすリーダーシップ』など。

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ナース図鑑 
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@cango_shi


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