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トップページ 産業保健と看護 【前編】介護離職を取り巻く現状|介護離職を防止しよう! 仕事と介護の両立支援

介護離職者の増加を背景に、2024(令和6)年5月31日、厚生労働省より「育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法改正ポイントのご案内」が出されました。

本連載では、前編・後編に分け、介護離職の防止に関して産業看護職に求められることについて考えていきたいと思います。



坪田 康佑

一般社団法人日本男性看護師会 発起人
産業保健師スクール 講師

はじめに

2024(令和6)年5月31日、厚生労働省より全事業主宛てに、産業看護職の業務に影響がありそうな通知が出されました(「育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法改正ポイントのご案内1))。そのなかで最も影響が大きいと考えられるのが、「⑦介護離職防止のための個別の周知・意向確認、雇用環境整備等の措置が事業主の義務になります(施行日:令和7年4月1日)」という項目です(1)

近年、介護離職防止対策として、介護保険に関係する職種(産業ケアマネや産業理学療法士、顧問介護士など)が企業で活躍する機会が増えてきていますが、まだ十分に浸透しているとはいえない状況です。一方で、産業看護職が介護の相談を受けるケースが増加しています。

このような背景から、上記⑦が2025年4月より施行されるにあたり産業看護職の役割がさらに拡大する可能性が高いと予測し、今回の企画を立案しました。

なぜ介護離職が問題なのか?

介護離職とは、働き盛りの世代が家族の介護を理由に仕事を辞めることを指します。この現象は、個人、企業、そして社会全体にとって深刻な問題を引き起こしています。

まず、個人にとって介護離職はキャリアに大きな影響を与えます。仕事を辞めることで収入が減少し、将来の年金額にも影響します。また、再就職が難しくなることも多く、長期的な経済的不安を抱えることになります。さらに、介護の負担が精神的・身体的なストレスを増大させ、健康に悪影響を及ぼすこともあります。

次に、企業にとっても介護離職は大きな損失です。経験豊富な従業員が離職することで業務の効率が低下し、後任の育成にも時間とコストがかかります。また、離職が続くと職場の士気が低下し、ほかの従業員にも影響を及ぼす可能性があります。企業は、介護離職を防ぐための対策を講じる必要がありますが、それにはリソースが必要です。

さらに、社会全体としても介護離職は労働力人口の減少を招き、経済成長に悪影響を及ぼします。特に少子高齢化が進む日本では、労働力の確保が重要な課題です。介護離職が増えると、社会保障制度への負担が増加し、持続可能性が危ぶまれます。

また、介護離職した人々は、介護が終わった後に再就職することができず貧困層に転じることが多く、次の世代の介護問題につながっています。

このように、介護離職は多方面にわたって深刻な影響を及ぼすため、各方面での対策が求められています。

介護離職者の数は再び増えている

介護離職者の数は、介護保険制度の活用などにより、2007年の14万5,000人(参考人口数:東京都多摩市147,698人〈令和6年9月1日現在〉、鳥取県米子市144,182人〈令和6年8月31日現在〉)から減少していきました。2015年には安倍政権が「ニッポン一億総活躍プラン」として介護離職ゼロを目指したかいもあり、2017年には9万9,000人(参考人口数:埼玉県坂戸市99,754人〈令和6年9月1日現在〉)にまで減少しました。

しかし、菅政権が2020年4月に介護離職ゼロを閣議決定したにもかかわらず、2022年には10万6,000人(参考人口数:大阪府羽曳野市107,364人〈令和6年8月31日現在〉)にまで増加してしまいました。2025年には介護しながら働くビジネスケアラーが318万人にのぼると予想され、その経済損失は9兆円になると計算されています。

このような背景から、2024年3月に経済産業省が「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン2)を経営者向けに発表しました。そして今回、厚生労働省が「育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法改正ポイントのご案内」1)で義務化を通知しました。

産業看護職の役割

これまでの産業看護職の役割には、介護に関する業務は含まれていませんでした。私自身、「産業保健師スクール」というオンラインスクールで講師を務めていますが、これまで介護に関する教材は取り扱ってきませんでした。また、生徒である産業看護職との話題で介護について触れることはありませんでした。

しかし、今回の企画にあたり、メディカ出版公式会員のうち産業領域に勤務する産業看護職を対象にアンケートを実施したところ、約46%の産業看護職が従業員から介護相談を受けた経験があり、健康指導の際に介護が原因とされたケースがある産業看護職は約73%にのぼることがわかりました。さらに、介護離職対策が産業看護職の役割に含まれるかどうかについては、約77%の産業看護職が「仕事の役割である」と回答しています。

企業が新たに求める介護離職対策に関しては、担当できる人材が不足しているのが現状です。看護教育課程で学んだ経験を持つ産業看護職が、企業内で唯一適任といえるでしょう。もし産業看護職がこの役割を否定すれば、新たに産業ケアマネジャーなどの担当者が生まれる可能性がありますが、77%以上の産業看護職がこの役割を受け入れている現状を考えると、介護離職対策は産業看護職の新たな仕事として定着すると考えられます。

1人職場が多い産業看護職にとって、新たな役割が増えることは負担となるかもしれません。しかし、これを逆手に取り、人手を増やすための相談を職場に持ちかける良い機会になる可能性もあります。

企業に求められる具体的な対応

産業看護職に求められる対応として、研修や社内報による情報発信、個別相談などが考えられますが、重要なのはそれを実施するタイミングです。2025年4月からの義務化に向けて、従業員への施策を行うタイミングとしては、実家に帰省する数少ない機会である年末年始前に実施するのをおすすめします。

なぜかというと、普段意識しない介護に関する問題を家族のなかでしっかりと向き合うためには、帰省した際に自らの目で確認していただくのが効果的だからです。高齢化は本人だけでなく、家族も受け入れるのが難しい現状があります。「背中が丸まってきた」「家が散らかってきていた」など、介護に関する何らかのメッセージは事前に発信されていることが多いのですが、意識しないとキャッチすることは困難です。

ましてや、家族本人ではない産業看護職は、平均年齢から親の年齢を予測して対策するぐらいしかできなくなります。そこで、実家の状況(冷蔵庫に賞味期限切れの食品がたまっていないか? 昔はきれいだった家の中が汚れていないか?)や地域包括支援センターの相談の有無などを筆頭とした、帰省する際のチェックポイントを事前に伝えておき、本人に情報収集してもらうだけで、今後の対策が立てられるようになります。

2025年4月の義務化と同時に準備すると年末年始の帰省は8カ月後になるので、かなり後手に回ってしまいます。早めの準備と対応が重要となります。

おわりに

産業看護職には、従業員の介護に関する相談に応じ、適切なサポートを提供することが求められています。介護離職は、個人、企業、そして社会全体に多大な影響を及ぼす深刻な問題です。現在の日本では、社会保障費の増大が大きな課題となっています。多くの医療従事者はこの社会保障費から給与を得ていますが、産業看護職は予防に努め、健康を維持し、生産性を高めることで社会保障費を削減する役割を担っています。介護離職問題においても、医療費だけでなく介護費を削減し、限られた社会保障費を効率的に活用することが求められています。

産業看護職が介護離職を防ぐことで、日本の生産性を向上させ、グローバルな競争力を高めることができます。これにより、日本の社会と経済を支え、持続可能な未来を築いていきましょう。



後編では、実際に産業看護職には何ができるのかなどについて、株式会社ケアウィル代表の笈沼清紀氏と行った対談をお届けします。


◆参考文献

1)厚生労働省.育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法改正ポイントのご案内.https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001259367.pdf

2)経済産業省.仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン.https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo/main_20240326.pdf


◆著者プロフィール

坪田 康佑(つぼた・こうすけ)

2005年慶應義塾大学看護医療学部卒。2010年米国Canisius大学MBA卒。2019年に経営する訪問看護ステーション、医療AI会社など全事業EXITし、現在は、国際医療福祉大学博士課程在籍しながら、オンラインスクール「産業保健師スクール」開設や看護DX会社の顧問を勤める。著書に『老々介護で知っておきたいことのすべて 幸せな介護の入門書』『看護管理者のためのコーチング実践ガイド臨床を動かすリーダーシップ』など。

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