臨床心理士・公認心理師
にしむら
喜びは、誠実なご回答に対してです(担当編集者も驚いていました)!!自由記述は、誤字なし、簡潔、気持ちが伝わる。皆さんのふだんからの良い仕事ぶりが目に浮かびます。
悲しみは、内容の切実さです。読んでいてつらい気持ちになっています。
本連載のアイコン画像で、国際女性デーのシンボルでもあるミモザの花を愛でて、心を落ち着けましょう。
公認心理師を含めた心理職の産休・育休に特化したアンケートは本邦初と思われます。今回は、その結果に、分析・コメント・情報を加えてお伝えしていきます。データは最後のリンクからご覧ください。
取得期間は1年前後が中心でした。産休・育休非取得者(以下、非取得者)の80%以上が将来的に産休・育休取得を希望していますが、職場に制度がある方はそのうちの43%とギャップがありました。
出産を機に退職した方が複数おられることも分かりました。「制度がなく転職を検討中」「復職への懸念から第2子を迷う」という回答もあり、切ない現状です。
取得経験者のポジティブな経験として最も多かったのは「元の職場に戻れる(84%)」でした。慣れた環境に復職できることは大きな安心材料です。次は、「育児経験が自身の心理臨床(心理的支援)に活かせる(81%)でした。心理職では、個人の生活が職業的発達に影響を与えると言われており1)、アンケートでもその通り自己評価されている方が多いことが分かりました。
見逃せないのが、ネガティブな経験として挙がった「マタニティハラスメント(妊娠・出産・育児休業などに関するハラスメント:マタハラ)」です。マタハラ経験者は21%に上りました。ひどい。すみません、心の声が出てしまいました。
他の調査でも20~40%程度の方がマタハラ被害にあっているとの報告があります2~3)。心理職も例外ではないことが明らかになりました。
回答いただいた方はどう対応したのでしょう。悔しい思いをしたことは間違いありません。労働組合の力を借りてマタハラに対応した方もおられました。マタハラには、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法により雇用管理上の措置を講じることが義務付けられており、2020年の労働施策総合推進法の改正により、防止対策が強化されています4)。
法律・制度の情報をアップデートすることは、自身のためにも心理的支援を行う上でも、とても重要です。
非取得者で取得経験者よりも上回った項目に「心理臨床(心理的支援)技術が低下する」がありました(取得経験者36%、非取得者57%)。取得経験者の4割弱の方が技術の低下を経験したと回答されましたが、非取得者の心配よりは少ない傾向です。取得経験者にも感じ方に個人差があるようです。休業期間、支援内容、勤務日数など、さまざまな個人要因が影響するのかもしれません。
最近では一部の学会で一時保育が利用できたり、Covid-19の影響により学会・研修のオンライン化が急速に進んだりなど、休業中の研さんの機会が広がっています。アンケートでは尋ねていませんが、復職後の技術がどう変化するかは興味深いです。
一方、「カウンセリングの休止など、クライアントに影響を与える」は両者で同程度の結果でした(取得経験者64%、非取得者69%)。自由記述でもカウンセリングの引継ぎに関する悩みが複数寄せられており、心理職特有の悩みかもしれません。これにはどう対応するかが鍵であり、経験を共有する価値はありそうです。
育児休業中に一定の時間内であれば給付金を受けながら勤務できる制度があることは、知っておきたい情報です。アンケートでは、休業中でもカウンセリング業務を一部継続された方がいました。
出産後は、「育児に専念」「研さんを継続」「少し働く」「育休なしで復職」「育休後に復職」「退職」と、さまざまな選択肢があります。アンケートからあふれ出すモヤモヤ感や悲しみを感じ取り、皆さんが涙をのんで諦めないで済むように、当事者側に選択の機会があるようになることを、心から望みます。
「心配」の方にお知らせしたいのは、産休・育休中のさまざまな経済的支援によって、手取りに換算すると、休業前の約8割になることです4)。約8割と聞くと、「意外ともらえる」と思われるのではないでしょうか。
具体的な支援としては、出産一時金、出産育児一時金、育児休業給付金4)です。給付金は非課税なので、所属する健康保険組合などと雇用保険から支払われ、所属先の負担はありません。申し出れば社会保険料も免除できます。
本連載第1回で常勤と非常勤の比較を示しましたが、非常勤でも雇用保険に加入している場合は、上記3つの経済的支援を受けられます。加入していない場合には育児休業給付金を受け取れません。やはり非常勤や業務委託契約の多い心理職では厳しい現状は否めません。
いわゆる“しわよせ”問題については、小酒部さやか氏(株式会社natural rights代表取締役/NPO法人 マタハラNet創設者)の調査でも指摘されています5)。支える側への支援が後回しになっているからであり、社会全体で取り組むべき課題です。
前回で述べたように、心理職の働き方は多彩で多様、資格と背景もさまざまですから、個人レベルの葛藤が生じやすい素地があります。組織レベルでは、収入面への貢献が難しい小規模部署や個人契約であり、残念ながら心理職の立場は弱いことが多いです。そのため、産休・育休という「危機」の影響を受けやすいのかもしれません。
心の専門家である心理職ですが、その前に一個人であり、一労働者です。頭で理解してもモヤモヤが収まらないこともあります。ですが、自分を責め、苦しさを我慢しすぎる必要はないと思います。
産休・育休取得だけでなく、自身の病気、家族の介護などから休業を余儀なくされることは誰にもあります。休業する人と支える同僚との関係がモヤモヤから分断に発展しないためには、どんなことができるでしょう。
上述の通り、心理職の所属部署や雇用形態は難しい立場にあることが多く、管理職は大変です。心理職へのキャリア教育と、チームマネジメントの学習ニーズがあるように思います。ここは次回で、詳しく取り上げます。
今回のアンケートはとても読み応えがあり、取り上げきれてないところがまだまだありますが、できる限り本連載の中で触れていきたいと思います。
次回は、産休・育休に関するプロフェッショナル、山口理栄先生(育休後コンサルタント®)へのインタビューです。心理職の産休・育休について、さらに深掘りしていきます。こうご期待!!
★本アンケートの結果はこちら
引用文献
1)山口慶子.女性心理職のワーク・ライフ・バランス・スキル.臨床心理学.東京,金剛出版,15(6),2015,736-40.
2)厚生労働省.妊娠等を理由とする不利益取扱いに関する調査の概要.http://officeiwai.jp/wp-content/uploads/2015/12/77360be2fc69d4007bdef71b2d03efce.pdf(2021年3月31日閲覧)
3)連合非正規労働センター.第3回マタニティハラスメント(マタハラ)に関する意識調査:働く女性の5割を超える、非正規雇用の課題にスポットを当てて.2015.https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20150827.pdf(2021年3月31日閲覧)
4)厚生労働省.育児休業や介護休業をする方を経済的に支援します.2020.https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/pdf/ikuji_r02_01_04.pdf(2021年3月31日閲覧)
5)小酒部さやか.子どもがいないことを理由に不快な経験をしても「なにもしなかった」が半数以上、実態調査が発表された.2020.https://news.yahoo.co.jp/byline/osakabesayaka/20200916-00198612/(2021年3月31日閲覧)
6)厚生労働省/MHLWchannel.知っておきたい 育児・介護休業法(育児編ダイジェスト版).2020.https://www.youtube.com/watch?v=g6HtKsG-N_w(2021年3月31日閲覧)
【本連載へのご意見&ご感想をお待ちしています】
本連載は、皆さまの「モヤモヤ」を語り合い、正体を明らかにし、解決につながる場所になればと考えております。ぜひ、ご意見やご感想、取り上げてほしいテーマなどを教えてください。
あわせて読みたい
・第1回 心理職の働き方のリアル|そのモヤモヤを一緒に解決しませんか?
・第3回 心理職の産休・育休について考えよう~育休後コンサルタント®山口理栄先生へインタビュー(前編)~
・第3回 心理職の産休・育休について考えよう~育休後コンサルタント®山口理栄先生へインタビュー(後編)~
・第4回 心理職の産休・育休について考えよう~知っておきたい制度と働く人の権利~
・第5回 他職種からみた心理職の働き方
・第6回 他職種からみた心理職の働き方~心理職の活躍の場を広げるヒント~
・最終回 心理職の働き方改革(前編)~これまでの連載から見えてきたこと~
・最終回 心理職の働き方改革(後編)~これからの心理職として働き続けるために大切な5つのこと~
にしむら
はじめに
心より御礼申し上げます!!!109名の方がアンケートに回答くださいました。拝読し……喜びと悲しみでいっぱいです。喜びは、誠実なご回答に対してです(担当編集者も驚いていました)!!自由記述は、誤字なし、簡潔、気持ちが伝わる。皆さんのふだんからの良い仕事ぶりが目に浮かびます。
悲しみは、内容の切実さです。読んでいてつらい気持ちになっています。
本連載のアイコン画像で、国際女性デーのシンボルでもあるミモザの花を愛でて、心を落ち着けましょう。
公認心理師を含めた心理職の産休・育休に特化したアンケートは本邦初と思われます。今回は、その結果に、分析・コメント・情報を加えてお伝えしていきます。データは最後のリンクからご覧ください。
心理職の産休・育休のリアル
回答者109名中105名が女性でした。自身が産休・育休を経験された方(以下、取得経験者)が54%、同僚が取得された方が54%。男性の取得経験者は1名でした。取得期間は1年前後が中心でした。産休・育休非取得者(以下、非取得者)の80%以上が将来的に産休・育休取得を希望していますが、職場に制度がある方はそのうちの43%とギャップがありました。
出産を機に退職した方が複数おられることも分かりました。「制度がなく転職を検討中」「復職への懸念から第2子を迷う」という回答もあり、切ない現状です。
取得経験者のポジティブな経験として最も多かったのは「元の職場に戻れる(84%)」でした。慣れた環境に復職できることは大きな安心材料です。次は、「育児経験が自身の心理臨床(心理的支援)に活かせる(81%)でした。心理職では、個人の生活が職業的発達に影響を与えると言われており1)、アンケートでもその通り自己評価されている方が多いことが分かりました。
見逃せないのが、ネガティブな経験として挙がった「マタニティハラスメント(妊娠・出産・育児休業などに関するハラスメント:マタハラ)」です。マタハラ経験者は21%に上りました。ひどい。すみません、心の声が出てしまいました。
他の調査でも20~40%程度の方がマタハラ被害にあっているとの報告があります2~3)。心理職も例外ではないことが明らかになりました。
回答いただいた方はどう対応したのでしょう。悔しい思いをしたことは間違いありません。労働組合の力を借りてマタハラに対応した方もおられました。マタハラには、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法により雇用管理上の措置を講じることが義務付けられており、2020年の労働施策総合推進法の改正により、防止対策が強化されています4)。
法律・制度の情報をアップデートすることは、自身のためにも心理的支援を行う上でも、とても重要です。
ブランクは心理職のスキルに影響するか?
取得経験者の「産休・育休経験でネガティブな経験に当てはまるもの」と非取得者の「産休・育休制度を利用するにあたって心配なことに当てはまるもの」では、回答傾向が異なりました(選択肢の内容は同じものにしています)。非取得者で取得経験者よりも上回った項目に「心理臨床(心理的支援)技術が低下する」がありました(取得経験者36%、非取得者57%)。取得経験者の4割弱の方が技術の低下を経験したと回答されましたが、非取得者の心配よりは少ない傾向です。取得経験者にも感じ方に個人差があるようです。休業期間、支援内容、勤務日数など、さまざまな個人要因が影響するのかもしれません。
最近では一部の学会で一時保育が利用できたり、Covid-19の影響により学会・研修のオンライン化が急速に進んだりなど、休業中の研さんの機会が広がっています。アンケートでは尋ねていませんが、復職後の技術がどう変化するかは興味深いです。
一方、「カウンセリングの休止など、クライアントに影響を与える」は両者で同程度の結果でした(取得経験者64%、非取得者69%)。自由記述でもカウンセリングの引継ぎに関する悩みが複数寄せられており、心理職特有の悩みかもしれません。これにはどう対応するかが鍵であり、経験を共有する価値はありそうです。
育児休業中に一定の時間内であれば給付金を受けながら勤務できる制度があることは、知っておきたい情報です。アンケートでは、休業中でもカウンセリング業務を一部継続された方がいました。
出産後は、「育児に専念」「研さんを継続」「少し働く」「育休なしで復職」「育休後に復職」「退職」と、さまざまな選択肢があります。アンケートからあふれ出すモヤモヤ感や悲しみを感じ取り、皆さんが涙をのんで諦めないで済むように、当事者側に選択の機会があるようになることを、心から望みます。
気になる休業中のお金のこと
取得経験者におけるネガティブな経験と、非取得者における心配なこととして、「収入が低下する」にも差がみられました(取得経験者52%、非取得者67%)。「心配」の方にお知らせしたいのは、産休・育休中のさまざまな経済的支援によって、手取りに換算すると、休業前の約8割になることです4)。約8割と聞くと、「意外ともらえる」と思われるのではないでしょうか。
具体的な支援としては、出産一時金、出産育児一時金、育児休業給付金4)です。給付金は非課税なので、所属する健康保険組合などと雇用保険から支払われ、所属先の負担はありません。申し出れば社会保険料も免除できます。
本連載第1回で常勤と非常勤の比較を示しましたが、非常勤でも雇用保険に加入している場合は、上記3つの経済的支援を受けられます。加入していない場合には育児休業給付金を受け取れません。やはり非常勤や業務委託契約の多い心理職では厳しい現状は否めません。
休業を支える同僚の大変さ
産休・育休制度を利用した同僚がいる方からは、業務量の増加と心理的な負担、それに対するサポート不足への回答が多く寄せられました。妊娠・出産・育児は、個人のライフサイクルの「危機」であるだけでなく、職場の「危機」であるといえるでしょう。いわゆる“しわよせ”問題については、小酒部さやか氏(株式会社natural rights代表取締役/NPO法人 マタハラNet創設者)の調査でも指摘されています5)。支える側への支援が後回しになっているからであり、社会全体で取り組むべき課題です。
前回で述べたように、心理職の働き方は多彩で多様、資格と背景もさまざまですから、個人レベルの葛藤が生じやすい素地があります。組織レベルでは、収入面への貢献が難しい小規模部署や個人契約であり、残念ながら心理職の立場は弱いことが多いです。そのため、産休・育休という「危機」の影響を受けやすいのかもしれません。
心の専門家である心理職ですが、その前に一個人であり、一労働者です。頭で理解してもモヤモヤが収まらないこともあります。ですが、自分を責め、苦しさを我慢しすぎる必要はないと思います。
産休・育休取得だけでなく、自身の病気、家族の介護などから休業を余儀なくされることは誰にもあります。休業する人と支える同僚との関係がモヤモヤから分断に発展しないためには、どんなことができるでしょう。
上述の通り、心理職の所属部署や雇用形態は難しい立場にあることが多く、管理職は大変です。心理職へのキャリア教育と、チームマネジメントの学習ニーズがあるように思います。ここは次回で、詳しく取り上げます。
これからのために
2021年2月に育児・介護休業法と雇用保険法の改正案が閣議決定されたこと6)により、男性の産休・育休取得や、復職後には子どもの看護や介護のため時間単位で休みを取得できるなど制度が整ってきています。皆さんの職場の勤務規定や雇用契約には反映されているでしょうか? ぜひ確認してみてください。今回のアンケートはとても読み応えがあり、取り上げきれてないところがまだまだありますが、できる限り本連載の中で触れていきたいと思います。
次回は、産休・育休に関するプロフェッショナル、山口理栄先生(育休後コンサルタント®)へのインタビューです。心理職の産休・育休について、さらに深掘りしていきます。こうご期待!!
今回のモヤモヤ・ポイント ①産休・育休を取得したくても、雇用契約などの理由から取得できない人がいる ②マタハラは約5人に1人が経験している ③職場から制度に関する情報が入らないことがある ④休業を支える側もモヤモヤしがち |
今回のモヤモヤ解決のヒント ①産休・育休は、本人と職場にとっての「危機」と知っておこう ②産休・育休制度、マタハラに関する法律を確認しよう ③自分なりのワーク・ライフバランスを見つけよう |
★本アンケートの結果はこちら
引用文献
1)山口慶子.女性心理職のワーク・ライフ・バランス・スキル.臨床心理学.東京,金剛出版,15(6),2015,736-40.
2)厚生労働省.妊娠等を理由とする不利益取扱いに関する調査の概要.http://officeiwai.jp/wp-content/uploads/2015/12/77360be2fc69d4007bdef71b2d03efce.pdf(2021年3月31日閲覧)
3)連合非正規労働センター.第3回マタニティハラスメント(マタハラ)に関する意識調査:働く女性の5割を超える、非正規雇用の課題にスポットを当てて.2015.https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20150827.pdf(2021年3月31日閲覧)
4)厚生労働省.育児休業や介護休業をする方を経済的に支援します.2020.https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/pdf/ikuji_r02_01_04.pdf(2021年3月31日閲覧)
5)小酒部さやか.子どもがいないことを理由に不快な経験をしても「なにもしなかった」が半数以上、実態調査が発表された.2020.https://news.yahoo.co.jp/byline/osakabesayaka/20200916-00198612/(2021年3月31日閲覧)
6)厚生労働省/MHLWchannel.知っておきたい 育児・介護休業法(育児編ダイジェスト版).2020.https://www.youtube.com/watch?v=g6HtKsG-N_w(2021年3月31日閲覧)
(2021年5月6日一部修正)
【本連載へのご意見&ご感想をお待ちしています】
本連載は、皆さまの「モヤモヤ」を語り合い、正体を明らかにし、解決につながる場所になればと考えております。ぜひ、ご意見やご感想、取り上げてほしいテーマなどを教えてください。
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