臨床心理士・公認心理師
にしむら
ありがたいことに、大手検索サイトで「心理職 育休」のキーワードで検索すると、2021年に書いた心理職の産休・育休特集記事(心理職の産休・育休について考えよう~アンケート結果公開~)がトップにあがってきます。
そんななか2022年に育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)が改正され、段階的に施行されています。
配偶者や非正規雇用の人も育休取得がしやすくなったなど、かなりドラスティックな改正だったため、新しい情報を皆さまにお伝えしたく執筆にいたりました。
本記事では、産休・育休を経験した心理職3名にメールでインタビューを行いました。2021年の産休・育休特集記事は109名の読者アンケートをもとに量的な情報をお届けしましたので、今回は事例をベースに質的な情報をまとめていきます。今回もリアルな本音満載! 前後編で紹介します。
前編は、育休を取得した男性のインタビューです。最後に新制度の解説と考察も記載しました。あわせてお読みいただけると幸いです。
出産に立ち会ったり、新生児期からひと通りのお世話ができたので、娘と妻を多くの時間、近くで感じることができました。抱っこしながら娘とじ~っと見つめ合う時間、泣かれて右往左往させられる時間、娘と笑い合いのハーモニーができる時間。締め切りや明日の仕事を気にしないでよいぶん、娘や妻とのカイロスの時間(私的で主観的な時間)にたっぷりと浸れました。
また、乳幼児期のこころについて学んではいましたが、想像以上に赤ちゃんは感覚的で身体的だと体感できました。寝る姿勢・ミルクの喉の通り具合・物音・大人の雰囲気などが、少しでも彼女に合っていないと泣き出して、何とかしてよと求めてくる、愛らしい存在でした。そして、臨床で接する寝たきりの人々も、こういったこころの基盤を持っていると考えることで、ケアの道筋を考えやすくなるようにも思いました。
結果的に、娘は生活にすぐ支障が出るほどの問題はなく、今は元気に育ってくれています。平穏があることの有難さや、医療にかかる人の気持ちを理解する機会にもなりました。
そうして育児が始まると、ご多分に漏れず、何かにつけて(睡眠も…)まとまった時間が取れない日々がやってきました。
そんななかで週1日程度カウンセリング業務をしていると、担当クライエントの面接が中断したり、頻度減少の申し出があったり、入院の運びになったりといったことが普段より多く起こりました。私の抱える力が弱まったことをクライエントはどこかでキャッチしたのだと思われます。本を読んで心理面接について学び直すなど、時間を見つけて行いました。
H. S. サリヴァンは、「日々の糧を稼ぐために働いている者が信頼できる面接者だ」と述べています。この言葉を励みに、私も育休が明けると娘のご飯のためにもクロノスの時間(社会的な時間)を過ごすことが多くなりそうです。
今回の子どもの誕生は、言葉・理性・感情調節といった大脳皮質的な事柄に偏りつつあった私を、オギャーと原始的な感性の世界に引き戻してくれ、バランス(対称性)を少し取り戻してくれたのかなと思います。
すばらしいインタビュー内容に思わず浸ってしまったのは筆者だけではないでしょう。個人として、臨床家として、いくつもの気づきを得た、実りある時間であったことは間違いないようです。産休・育休を考えている男性心理職に、大いなるエールと示唆を与えてくださると思います。
ポイントを「男性の産休・育休制度」「キャンセルや中断などによるクライアントへの影響」「子育て経験の臨床への反映」の3つに絞って、解説していきます。
育児休業中の就労は、雇用者と労働者の話し合いによって可能です。月10日以下であれば育児休業給付金が支給されます。10年以上の勤務歴があり管理職でもあるAさんは、施設管理者や部署とのたび重なる話し合いを経てこの方法がとれたのだと推察します。背景には職場との良好なコミュニケーションと相互の制度の理解が必須でしょう。管理的な立場にいる人が産休・育休を経験することは、組織の弾力性を高めることにつながると思われます。
育児・介護休業法は令和3年6月に成立し、令和4年4月1日から新制度が段階的に施行されています。詳しくは厚生労働省のHP(「育児休業制度 特設サイト」「育児・介護休業法 改正ポイントのご案内」)と、下記の表を参照ください。父親の育休を促進するためのさまざまな改正が行われています。父母とも分割して取りやすくなっている点に注目してください。
2021年のアンケートでは育休経験者の64%が「クライアントへの影響があった」と回答しています。育休取得によってクライアントに変化がみられたかという因果関係は不明ですが、そう感じることは少なくないのでしょう。
業務の引継ぎ、情報共有に関しては、特定社会保険労務士の福島通子先生に寄稿いただいた記事が参考になります。誰でも突発的なアクシデントで休業を余儀なくされることはあります。産休・育休はある程度は予測できる休業なので、業務や役割の見直しの機会となりえるでしょう。
育休からの復帰後にカウンセリングがどのように展開していくのか。あわせて気になるところです。
「女性治療者はなぜ出産について語るのか」(西 見奈子編著.『精神分析にとって女とは何か』.福村出版,2020)と言われるほど、女性心理職は自身の妊娠出産について書き記すことが多いです。その理由については引用元を参照いただきたいと思います。筆者は、小説家、漫画家、写真家などクリエイターが自身の妊娠出産をモチーフに創作をすることと相通じると考えます。Aさんの表現を借りると「カイロスの時間」から「クロノスの時間」に戻りつつ統合するための作業の一つであり、本連載も筆者による試みの一つかもしれません。
厚生労働省の調査では令和4年度の男性の育児休業取得率は過去最高の17.4%でした。男性で育休を経験されたかたの体験談をメディアで目にすることも増えました。ただ、業種と事業所の規模によって取得率には大きな差があり、働き方の格差が明らかな現状を映し出しています。
制度改正によって非正規雇用者の産休育休取得も可能となってきたことはうれしいニュースです。育休後コンサルタント山口先生に「あまりにひどい…」と言われた心理職の育休の現状はどうなっているでしょう。女性2名のインタビューを通じてさらに迫っていきたいと思います。
後編へ続く
記事への感想、ご意見、取り上げてもらいたいテーマなど、ぜひ下記よりご連絡ください。お待ちしています。
にしむら
はじめに
こんにちは。臨床心理士・公認心理師ライターにしむらです。2度の連載終了から、約1年ぶりのカムバックです。ありがたいことに、大手検索サイトで「心理職 育休」のキーワードで検索すると、2021年に書いた心理職の産休・育休特集記事(心理職の産休・育休について考えよう~アンケート結果公開~)がトップにあがってきます。
そんななか2022年に育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)が改正され、段階的に施行されています。
配偶者や非正規雇用の人も育休取得がしやすくなったなど、かなりドラスティックな改正だったため、新しい情報を皆さまにお伝えしたく執筆にいたりました。
本記事では、産休・育休を経験した心理職3名にメールでインタビューを行いました。2021年の産休・育休特集記事は109名の読者アンケートをもとに量的な情報をお届けしましたので、今回は事例をベースに質的な情報をまとめていきます。今回もリアルな本音満載! 前後編で紹介します。
前編は、育休を取得した男性のインタビューです。最後に新制度の解説と考察も記載しました。あわせてお読みいただけると幸いです。
プロフィール
・Aさん 男性 ・資格 臨床心理士・公認心理師 ・臨床歴 13年 ・勤務先 私立単科精神科病院 ・雇用形態 常勤(管理職) |
Q.産休・育休をどのように取りましたか?
妻は産前産後休業と育児休業を1年の見通しで取得し、私は育休を6カ月(第1子)取りました。また、交渉して月6日は勤務を行いました。月6日の勤務では、新規の心理検査は行わず、カウンセリング業務と会議資料の作成や業務統計などの事務的な勤務に絞りました。Q.産休・育休を取得するにあたって良かったことはありますか?
まず、勤務先の病院が育休とその間の出勤を認めてくれさたことに感謝しています。担当クライエントの支援や管理業務を継続しながら休めたことで、逆に安心して娘の世話にエネルギーを費やすことができました。出産に立ち会ったり、新生児期からひと通りのお世話ができたので、娘と妻を多くの時間、近くで感じることができました。抱っこしながら娘とじ~っと見つめ合う時間、泣かれて右往左往させられる時間、娘と笑い合いのハーモニーができる時間。締め切りや明日の仕事を気にしないでよいぶん、娘や妻とのカイロスの時間(私的で主観的な時間)にたっぷりと浸れました。
また、乳幼児期のこころについて学んではいましたが、想像以上に赤ちゃんは感覚的で身体的だと体感できました。寝る姿勢・ミルクの喉の通り具合・物音・大人の雰囲気などが、少しでも彼女に合っていないと泣き出して、何とかしてよと求めてくる、愛らしい存在でした。そして、臨床で接する寝たきりの人々も、こういったこころの基盤を持っていると考えることで、ケアの道筋を考えやすくなるようにも思いました。
Q.産休・育休で大変だったこと、またそれにどう対応しましたか?
出産の少し前に胎児の内臓に異常が見つかり、厳しい診断名もちらついたため、かつてない不安を味わいました。「不安=現実」ではないという原則に立ち返ったり、今にいたる自分のストーリーをあらためて振り返ったりするなどして持ちこたえました(妻のほうがどっしりと構えていて母親の強さも感じました)。結果的に、娘は生活にすぐ支障が出るほどの問題はなく、今は元気に育ってくれています。平穏があることの有難さや、医療にかかる人の気持ちを理解する機会にもなりました。
そうして育児が始まると、ご多分に漏れず、何かにつけて(睡眠も…)まとまった時間が取れない日々がやってきました。
そんななかで週1日程度カウンセリング業務をしていると、担当クライエントの面接が中断したり、頻度減少の申し出があったり、入院の運びになったりといったことが普段より多く起こりました。私の抱える力が弱まったことをクライエントはどこかでキャッチしたのだと思われます。本を読んで心理面接について学び直すなど、時間を見つけて行いました。
心理職(読者)へのメッセージ
育休を取らないという経験をしていないため、比較して育休の良さがどこにあると言うのは難しいです。ただありきたりではありますが、仕事に追われずに赤ちゃんや妻とかけがえのないカイロスの時間を過ごせた気持ちの面での充実があります。また仕事をしている間はあまり考えられなかった(目を背けていた)家計のことや社会情勢のこと=娘がこれから過ごす社会の様相などを考えられた貴重な期間でした。H. S. サリヴァンは、「日々の糧を稼ぐために働いている者が信頼できる面接者だ」と述べています。この言葉を励みに、私も育休が明けると娘のご飯のためにもクロノスの時間(社会的な時間)を過ごすことが多くなりそうです。
今回の子どもの誕生は、言葉・理性・感情調節といった大脳皮質的な事柄に偏りつつあった私を、オギャーと原始的な感性の世界に引き戻してくれ、バランス(対称性)を少し取り戻してくれたのかなと思います。
すばらしいインタビュー内容に思わず浸ってしまったのは筆者だけではないでしょう。個人として、臨床家として、いくつもの気づきを得た、実りある時間であったことは間違いないようです。産休・育休を考えている男性心理職に、大いなるエールと示唆を与えてくださると思います。
ポイントを「男性の産休・育休制度」「キャンセルや中断などによるクライアントへの影響」「子育て経験の臨床への反映」の3つに絞って、解説していきます。
男性の産休・育休制度
Aさんは産後6カ月の育児休業を取得し、月6日は勤務を続けたことが特徴といえます。フレキシブルな働き方に驚かれた方がおられるかもしれません。育児休業中の就労は、雇用者と労働者の話し合いによって可能です。月10日以下であれば育児休業給付金が支給されます。10年以上の勤務歴があり管理職でもあるAさんは、施設管理者や部署とのたび重なる話し合いを経てこの方法がとれたのだと推察します。背景には職場との良好なコミュニケーションと相互の制度の理解が必須でしょう。管理的な立場にいる人が産休・育休を経験することは、組織の弾力性を高めることにつながると思われます。
育児・介護休業法は令和3年6月に成立し、令和4年4月1日から新制度が段階的に施行されています。詳しくは厚生労働省のHP(「育児休業制度 特設サイト」「育児・介護休業法 改正ポイントのご案内」)と、下記の表を参照ください。父親の育休を促進するためのさまざまな改正が行われています。父母とも分割して取りやすくなっている点に注目してください。
育児・介護休業法 改正ポイント(要約)
・雇用環境整備、個別周知・意向確認の措置の義務化 ・有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和 ・「産後パパ育休(出生時育児休業)」制度の創設 ・1歳までの育児休業を分割で取得できる ・育児休業取得状況の公表の義務化 |
キャンセルや中断などによるクライアントへの影響
Aさんのインタビュー中でもっとも悩ましい部分であったと思われます。Aさんが実際どのようにクライアントに説明されたかは分かりませんが、たとえば曜日変更についても、ある程度の労力が両者に払われたことは考えられます。2021年のアンケートでは育休経験者の64%が「クライアントへの影響があった」と回答しています。育休取得によってクライアントに変化がみられたかという因果関係は不明ですが、そう感じることは少なくないのでしょう。
業務の引継ぎ、情報共有に関しては、特定社会保険労務士の福島通子先生に寄稿いただいた記事が参考になります。誰でも突発的なアクシデントで休業を余儀なくされることはあります。産休・育休はある程度は予測できる休業なので、業務や役割の見直しの機会となりえるでしょう。
育休からの復帰後にカウンセリングがどのように展開していくのか。あわせて気になるところです。
子育て経験の臨床への反映
「大脳皮質的な偏りがあった」と述懐するAさんは、大変さも含めて、今しかないご家族との時間を存分に味わったことが分かります。インタビューに書かれた気づきの数々は、81%の方が「育児経験が自身の心理臨床(心理的支援)に活かせる」と回答された2021年のアンケートと一致するでしょう。「女性治療者はなぜ出産について語るのか」(西 見奈子編著.『精神分析にとって女とは何か』.福村出版,2020)と言われるほど、女性心理職は自身の妊娠出産について書き記すことが多いです。その理由については引用元を参照いただきたいと思います。筆者は、小説家、漫画家、写真家などクリエイターが自身の妊娠出産をモチーフに創作をすることと相通じると考えます。Aさんの表現を借りると「カイロスの時間」から「クロノスの時間」に戻りつつ統合するための作業の一つであり、本連載も筆者による試みの一つかもしれません。
厚生労働省の調査では令和4年度の男性の育児休業取得率は過去最高の17.4%でした。男性で育休を経験されたかたの体験談をメディアで目にすることも増えました。ただ、業種と事業所の規模によって取得率には大きな差があり、働き方の格差が明らかな現状を映し出しています。
制度改正によって非正規雇用者の産休育休取得も可能となってきたことはうれしいニュースです。育休後コンサルタント山口先生に「あまりにひどい…」と言われた心理職の育休の現状はどうなっているでしょう。女性2名のインタビューを通じてさらに迫っていきたいと思います。
後編へ続く
記事への感想、ご意見、取り上げてもらいたいテーマなど、ぜひ下記よりご連絡ください。お待ちしています。