行政保健師においては「地域診断モデル」が確立され一般化されているのに対し、産業保健分野においては「職場診断モデル」が確立されておらず、体系的には実施されていない状況にあります。小社刊『産業保健看護職・産業医・衛生管理者のための職場診断マニュアル』は、アセスメントを適切に行って課題を解決に導くための職場診断方法の活用について詳しく解説しています。編著者の五十嵐千代先生（本誌編集アドバイザー）に制作秘話をお聞きしました（取材・構成 編集室）。
◆お話を伺った方
東京工科大学医療保健学部看護学科 学科長・教授
産業保健実践研究センター長
産業保健看護職定期勉強会千代塾主宰
五十嵐千代先生
職場診断を行うと何ができるか
保健事業計画のPDCAを回していくにあたっては、職場の健康課題を抽出して、それに対する保健事業計画を立てたり、施策を作っていくということが求められます。その入り口のところで適切に、根拠に基づいた職場診断を行うための、また他者にもよく理解してもらえるツールが必要だと考えました。行政で使っているコミュニティ・アズ・パートナーモデルを学生たちはよく知っていて、地域をどういう視点で見たらいいか、普通にイメージできるのですが、同じようにまずモデルが必要だと考えて、それでウィンドミルモデル（図）を開発したというところがスタートです。
学会でも自由集会を開くなどして、8年以上かけて検討してきたのですが、この検討過程で、企業全体を見るモデルと、小さな集団を見るモデルは違うということが研究結果からも得られたため、2つのバージョンを作りました。真ん中にコミュニティコアがあって、周りに8つのサブシステムがあるという点では企業版も部署版も同じでしたので、結果としてわかりやすくなっているのではないかなと思います。
実は刊行に先駆けて早く研修をさせてほしいというご要望も多く、実際に大手の企業で使ってみたところ、定期勉強会に参加している30名ほどの保健師はベテランの方もおられれば新卒の方もおられますが、ほぼ全員同じ診断が出てきました。そこで「これはいけるな」という感触があって、次にメンバーが自職場で活用を繰り返し、その内容がこのマニュアルに至ったというところです。
シートをダウンロードして、そこへ情報を入れていけば、少し慣れは必要ですが、比較的簡単に道筋が作れる形になっています。大学の教員の先生方は「待ってました」という感じで、行政の保健師が使っていたモデルに思考が近いので、学生たちにもスムーズに教育することができると好評です。産業医の先生方からも「本当によくできている」とのご意見をいただきまして、必ずしも保健師だけでなく、産業医の先生方も職場を見るときに参考にすることができるようです。
健診結果には出にくい点にも着目して改善につなげられる
従来は、職場のアセスメントをするとき、安全衛生にのみ着目してきたのではないでしょうか。産業保健看護専門職は衛生関連のデータが中心で、健診の結果やストレスチェックの結果など、主にヘルスに関係するところだけをアセスメントして、会社側にも提案してきたのではないかと思います。
この職場診断が今までと違うのは、さらにそこへ労務のこと、あるいは福利厚生や教育、環境など、職場を総合的に見てどうなのかということを抽出するような形になっている点です。例えば、本書の例にもありますが、若い人たちが早期離職している職場で、「おそらくこの辺りが問題だろうな」と専門職はわかっていても、そこは健診の結果にはなかなか出にくいんですね。ストレスチェックなどには少し出ると思いますが、本質がどこにあるのかというのは、なかなかわかりにくかった。このモデルを使うと、マネジメントに問題があるとか、支援体制に問題がある、業務量が多いといった労働の本質的な問題と、健康がどうつながっているかを示すことができます。
それを示すことで、産業保健看護職がどんな視点で職場を見ているのかを伝えることにもつながり、私たちの評価も上がってくるのではないかと考えています。このモデルを使っていただくことで、ただ保健指導をする人ではないですよと、他職種にもわかりやすく、私たちの仕事や視点を伝えることができるのではないかと思います。
◆書誌情報
職場環境の改善につなげる職場診断シートつき！ダウンロードして何度でも使える
産業保健看護職・産業医・衛生管理者のための職場診断マニュアル
ウインドミルモデル（風車モデル）を用いて企業全体と部署を職場診断！健康で、働きやすい職場づくりに活かす！
- 発行 ： 2023年10月
- サイズ ： B5判 200頁
- ISBN-13 ： 978-4-8404-8208-0
- 価格 ：4,620円(税込)
