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トップページ 産業保健と看護 第2回 職場の心理的安全性とポリヴェーガル理論はどう関連する?|産業保健活動にポリヴェーガル理論を活用しよう

前回は、自律神経についての新しい理論であるポリヴェーガル理論の基本的な部分をご紹介しました。今回は「職場の心理的安全性とポリヴェーガル理論はどう関連する?」というテーマでお話しします。

◆心理的安全性とは

ここ数年、ビジネスの現場で「心理的安全性」という言葉を耳にする機会が増えました。

「心理的安全性」という概念は、歴史的には1965年にマサチューセッツ工科大学(MIT)のエドガー・シャインとウォーレン・ベニスによる組織開発の研究の中で初めて提起されました。組織変革に伴う不確実性と不安に対処するための必要な要素として「心理的安全性」という概念が生まれたのです。

その後、さらに注目を集めるようになったのは、ハーバード大学教授であるエイミー・エドモンドソンがチームの成果の高さと心理的安全性の関係を発見し、1999年に論文を発表、また、2019年に書籍を発刊したのがきっかけになっています。

エドモンドソンは成果を出しているチームにはどのような特徴があるかをテーマに研究しており、当初、成果を出しているチームはミスが少ないと予想していました。しかし調査を進めていく中で、成果を出しているチームの方がそうでないチームよりもミスが多いということを発見します。

そして、ミスが発生しているかどうかよりも、ミスが起きたときにミスを隠すのではなく自由に報告できる空気があること、ミスを報告しても責められないような雰囲気があることがパフォーマンス向上につながっており、その空気や雰囲気を「心理的安全性(psychological safety)」として説明しました。

◆心理的安全性を評価するための7項目

エドモンドソンは心理的安全性を評価するための7項目をまとめています1)。

1.このチームでは、ミスをしても責められることはない。
2.このチームのメンバーは、問題点や難題を提起することができる。
3.このチームでは、人と違うことを受け容れることができる。
 ※建設的な対立をいとわず、好奇心をもって、率直な発言を行える。
4.このチームでは、リスクを冒しても安全性が保たれる。
5.このチームは、他のメンバーに助けを求めやすい。
6.このチームには、故意に私の努力を踏みにじるような行動を取る人はいない。
7.このチームのメンバーと一緒に仕事をしていると、私にしかないスキルや才能が高く評価され、活用される。

これらのことから、エドモンドソンのいう「心理的安全性」は、「リスク(ミス・困難・違いなど)を冒しても大丈夫だと信じられる安全性とリスクを冒すことを促進するよう、互いに助け合える安全性」であるとまとめられるでしょう

ここでいう心理的安全性とは、安全性自体が目的ではなく、あくまでも安全性による組織のパフォーマンス向上に主眼が置かれており、成果志向の概念であることも注目しておくべきポイントです。

また、心理的安全性に似た概念に「信頼」がありますが、エドモンドソンによると心理的安全性は信頼のように個人間のものではなく、グループの雰囲気として起こる現象とされています。さらに、「心理的安全性はそのグループごとのリーダーによって作られる雰囲気である」、すなわち「リーダーのあり方次第で心理的安全性の有無に違いが生まれる」と説明しています。

◆三元的自律神経:ポリヴェーガル理論

前回の連載第1回では、交感神経、副交感神経が拮抗的に働くという従来知られてきた二元論的自律神経とは異なり、哺乳類の自律神経は、背側迷走神経複合体(いのちを守るための神経)、交感神経(自ら動いてなんとかするための神経)、腹側迷走神経複合体(つながりを作るための神経)が3つの階層構造を形成しているという、ポリヴェーガル理論が提唱する三元的自律神経について紹介しました(図1)2)。

私たちの身体は、自律神経系やその他の神経系のメカニズムによって、常に周りの環境が安全か危険か、生の脅威があるかどうかをモニターしています。

ポリヴェーガル理論では周囲が安全安心を感じられる状況か、危険を感じる状況か、生の脅威を感じる状況かで3系統の自律神経系が切り替わって環境に対応すると説明しました。

◆自律神経に基づく5つの生理心理的な「状態」

ポリヴェーガル理論を提唱しているスティーブン・ポージェス博士は、近年、上記の自律神経の3段階論に加えて、「つながりを作るための神経」による社会的関与システムがベースに活性化している状態のもとで、「自ら動いてなんとかするための神経」と「いのちを守るための神経」が行ったり来たりしながら働いている状態こそがいわゆる最適な自律神経のバランスが現れている状態であると説明しています(図2)2)。

つまり、自律神経の3段階の3つに加えて、「つながりを作るための神経」と「自ら動いてなんとかするための神経」のブレンド、そして「つながりを作るための神経」と「いのちを守るための神経」のブレンドという2つの形態を含んだ生理心理的な5つの状態がある、ということですね(表1)2)。

◆心理的安全性と自律神経

エドモンドソンの「心理的に安全な状態」を自律神経の状態で表すと、表1②の「つながりを作るための神経」と「自ら動いてなんとかするための神経」のブレンド状態であるといえます。

つまり、仲間とのつながりや社会的な安全を感じながら、能動的に好奇心をもってリスクを冒していけるような空気、積極的にリスクを冒すことを促進するよう互いに助け合えるような雰囲気がある状態です。

何かにチャレンジをした結果、ミスをしても責められることがなく、建設的な対立を恐れずに率直に発言しても邪魔者扱いされることがなく、分からないことを気軽に質問してもバカにされることがないようなチームでは、ひとりぼっちでがんばるべく「自ら動いてなんとかするための神経」だけを活性化させたり、ひとりぼっちで引きこもるべく「いのちを守るための神経」だけを活性化させたりする必要はありません。

「つながりを作るための神経」が土台になっていると、メンバー同士に同じ目標を目指す仲間としてのつながりが感じられます。その土台の上に社会的な安全を感じながら「自ら動いてなんとかするための神経」を働かせ、能動的、積極的に意見交換やチャレンジを重ねると、新しいアイデアやイノベーションが起こりやすくなることは容易に想像できますね。

次回は、「産業保健の場面にポリヴェーガル理論をどう役立てる?」という視点で解説していきます。お楽しみに!!

参考文献

1)エイミー・C・エドモンドソン.恐れのない組織:「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす.野津智子訳.東京,英治出版,320p.
2)津田真人.ポリヴェーガル理論への誘い.東京,星和書店,300p.
3)津田真人.「ポリヴェーガル理論」を読む:からだ・こころ・社会.東京,星和書店,636p.
4)Amy Edmondson.Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams.Administrative Science Quarterly.44(2),1999,350-83.


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◆著者プロフィール

上谷実礼(ヒューマンハピネス株式会社代表取締役)

千葉大学医学部卒。多くの企業での産業医活動とあわせて、メンタルヘルスやコミュニケーションの専門家として企業や対人援助職向けの研修・講演・コンサルティングを行う他、個人向けには自己受容のためのカウンセリングや講座・勉強会を行っている。

◆著書(画像をクリックすると詳細ぺージへ飛びます)