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トップページ 新生児・小児/助産/ウィメンズヘルス Cure&Care&Nursing 魔法使いに憧れた助産師|萩原直美|Roots|#034

日本赤十字社助産師学校教務 主任

萩原直美


 私は高校を卒業するまで、父の仕事の都合で九州各地を転々としながら、温暖な風土で親切な人々に囲まれて育ちました。当時は今のように何でも手に入る時代ではなく、「ないものは作ればいい」という発想や空想を楽しむ性分は、この頃に育まれたように思います。

 10歳のときに読んだ佐野美津男の児童文学『魔法使いの伝記』に心を奪われ、「この世で最も魔法使いに近い職業に就きたい」と決意しましたが、周囲の大人に心配をかけないよう、ずっと心に秘めていました。高校卒業後、「女だてらに大学なんか行くもんじゃない」という父の言葉に反発し、半ば家を飛び出すようにして進学した先は、屈指の厳しさの看護学院でした。

 助産師になり配属された分娩室は、フリースタイル出産や立ち会い出産が始まったばかりでした。新しいケアを次々と形にし、「ないものは作ればいい」という空気に満ちた職場にわくわくしていました。当時の私たちは「トサカひよこ隊」という愛称で呼ばれ、業務を任される喜びと失敗を繰り返していました。

 ある日、先輩に「厳しいだけでは人は育たないと思います」と生意気な発言をしたことをきっかけに、私は教育の森に迷い込むことになります。「教えるとは何だろう」という問いを抱え続け、教員養成課程や教育学部で学びを重ねても、答えは見つかりませんでした。

 転機は、学会で青山学院大学大学院教授 高木光太郎先生の講演を聞いたときに訪れました。電光石火のように衝撃が走り、今まで抱え続けてきた問いが、一瞬で一本の線につながったのです。この出会いに導かれるように大学院へ進学し、「教える」のではなく「ともに学ぶ」という考え方を知りました。あの日の出会いは、今振り返っても偶然ではなく、必然だったと思っています。

 母校でもある日本赤十字社助産師学校は今年度、閉校します。教育に悩む医療者が安心してともに学び続けられる場をつくることが、今後の私の使命です。子どもの頃に憧れた魔法使いになる夢は、今も続いています。「ともに学ぶ」という呪文が、ようやく使えるようになった私の魔法のひとつです。



本記事は『ペリネイタルケア』2026年11月号の連載Rootsからの再掲載です。