矢野邦夫先生に「災害避難所における感染症アウトブレイクへの対応」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
*INFECTION CONTROL35巻11月号の掲載の公開記事となります。
「災害避難所における感染症アウトブレイクへの対応」
災害発生時の避難所は、密集した生活環境、不十分な衛生設備、被災者の身体的・精神的ストレスによる免疫機能低下などが重なり、感染症が拡大しやすい高リスク環境である。2025年1月、米国カリフォルニア州で発生したイートン山火事では、避難所内でノロウイルス、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、インフルエンザという異なる伝播経路をもつ病原体による同時流行が発生した。その詳細についてCDCが報告しているので紹介する[https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/75/wr/pdfs/mm7526a2-H.pdf]。
避難所開設初期の混乱と感染症の侵入
イートン山火事では、発生から24時間以内に約10万人が避難を余儀なくされた。避難所には初日の夜に約300人、翌日には約1,700人が集まり、急速な過密状態となった。公衆衛生当局は、過去の災害で経験したノロウイルス流行を踏まえ、早期から感染対策プロトコルの準備を進めていた。しかし、避難所運営の主体が行政から非政府組織(Non-Governmental Organization, NGO)へ移行する過程でスタッフ体制が変化し、感染対策の実施に一時的な遅れが生じた。1月13日には、避難所内で急性胃腸炎症状や呼吸器症状を呈する患者が相次いで確認され、複数病原体によるアウトブレイク対応が開始された。
強化サーベイランスによる早期把握
災害時アウトブレイク対応では、発生状況を迅速かつ正確に把握するサーベイランス体制の構築が重要である。本事例では、公衆衛生局と州保健局が連携し、患者情報を集約した症例リストを作成した。ノロウイルスについては、2人以上の陽性患者が確認された段階でアウトブレイクと判断し、その後は臨床症状にもとづく疑い症例も追跡対象とした。COVID-19およびインフルエンザについては迅速抗原検査を活用したが、検査の限界を考慮し、陰性結果であっても症状を有する患者は呼吸器感染症として管理した。その結果、ノロウイルス104人、COVID-19 56人、インフルエンザ29人が確認され、避難所という特殊環境における複数感染症流行の実態が明らかとなった。
病原体ごとの隔離戦略
異なる伝播経路をもつ病原体が同時に流行した場合、単一の感染対策では十分ではない。それぞれの病原体の特性に応じた隔離戦略が必要となる。本事例では、ノロウイルス疑い患者およびインフルエンザ患者については、避難所内に専用隔離スペースを設置し、症状消失後48時間まで隔離を継続した。一方、COVID-19患者については、より厳格な対応として避難所外のホテルへ移送し、10日間の隔離を実施した。また、隔離区域には専用トイレやシャワーを配置し、一般避難者との接触機会を減少させた。
環境整備と手指衛生の徹底
ノロウイルス対策では、適切な環境消毒が重要である。初期段階ではノロウイルスに有効ではない洗浄剤が使用されている場面も確認されたが、ただちに修正され、適切な消毒薬の使用が徹底された。また、ノロウイルスはアルコール消毒のみでは十分な効果が期待できないため、石けんと流水による手洗いが強調された。避難所内には手洗い設備が追加設置され、避難者およびスタッフ双方への手洗い教育が行われた。さらに、食事提供時には個人防護具(personal protective equipment, PPE)を着用したスタッフが対応し、食品を介した感染リスクの低減が図られた。
スタッフの防護と多機関連携
災害時には避難者だけでなく、支援スタッフ自身も感染リスクにさらされる。本事例ではスタッフ間にも感染が確認されたため、健康状態を匿名で報告できる仕組みが導入された。1月22日には全スタッフに対するN95レスピレータ着用が義務化され、その後の症例減少に寄与したと考えられている。災害対応では、公衆衛生機関、医療機関、行政、NGOなど多くの組織が関与するため、明確な指揮系統と標準化された感染対策の共有が不可欠である。
結論
イートン山火事による避難所での経験は、災害時には複数の感染症が同時に発生する可能性を示している。迅速なサーベイランス、病原体に応じた隔離、適切な消毒薬の選択、手指衛生の強化、そして支援スタッフの防護を組み合わせることで、過密な避難環境におけるアウトブレイク制御が可能となる。災害時の感染対策では、平時からの準備と、多機関が連携して柔軟に対応できる体制作りがきわめて重要である。
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*INFECTION CONTROL35巻11月号の掲載の先行公開記事となります。
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