矢野邦夫先生に「外航クルーズ船の特殊性と感染症リスク」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
*INFECTION CONTROL35巻10月号の掲載の公開記事となります。
「外航クルーズ船の特殊性と感染症リスク」
2026年4月、南米最南端のウシュアイア(アルゼンチン)を出港し、南大西洋の島々を経由してヨーロッパへ向かう長期航海中の探検クルーズ船で、ハンタウイルス(アンデスウイルス)のアウトブレイクが発生した。2020年2月に横浜で起きたクルーズ船内での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のアウトブレイクも記憶に新しい。世界各地から集まった人々が数週間にわたり共同生活を送るクルーズ船は、公衆衛生においてきわめて特殊な環境である。CDCの発行する『Yellow Book』でもその特殊性が言及されており、旅の安全を守るためにはそのリスクを正しく理解しておく必要がある[https://www.cdc.gov/yellow-book/hcp/travel-air-sea/cruise-ship-travel.html]。
クルーズ船がもつ環境的特殊性
クルーズ船は、多様な地域から集まった人々が半閉鎖的かつ過密な空間で過ごすという、感染管理において非常に特異なフィールドである。この環境は接触感染、飛沫感染、空気感染に加え、飲食を介した食中毒や水系感染といった多角的な経路での伝播を容易にする要因となっている。さらに、継続して乗務する船員やスタッフを介した感染や船内環境の汚染が持続することにより、一つのアウトブレイクが次の航海へ、つまり複数の航海にわたって継続するリスクもはらんでいる。また、寄港地での活動は現地の疾患を船内へ持ち込むきっかけになるだけでなく、船内の疾患を寄港地コミュニティへと拡散させる導線にもなり得るため、こうした相互のリスクを正しく理解することが重要である。
警戒すべき主な感染症
①消化器感染症
クルーズ船で最も警戒すべきものの一つが、ノロウイルスによるアウトブレイクである。原因が特定された船内消化器感染症の90%以上がノロウイルスに起因している。このウイルスの制御を困難にしているのは、きわめて少量のウイルスで感染が成立すること、人から人へ容易に伝播すること、そして回復後も長期にわたりウイルスを排出し続ける点である。さらに、日常的な清掃手順に耐性をもち、有効なワクチンが存在しないこともアウトブレイクの管理を難しくしている。なお、ノロウイルス以外にも、汚染された食品や水を介したカンピロバクター、ウエルシュ菌、毒素原性大腸菌などによるアウトブレイクも報告されている。
②呼吸器感染症
呼吸器感染症は船内で最も頻繁に報告される健康問題であり、船内の医療センターへの全受診理由の30~40%を占めている。特にCOVID-19は、密接した船内環境下において、一般的な陸上環境よりもはるかに高い伝播率を示すことが分かっている。また、世界各地から乗客が集まる船内では、北半球や南半球といった地域の季節性にかかわらず、年間を通じてA型およびB型インフルエンザやRSウイルス感染症のアウトブレイクが発生する可能性がある。
③水系感染症
特殊な水系感染症として、レジオネラ症への対応も不可欠である。これはレジオネラ属菌を含む温かいエアロゾルの吸入や、汚染された水の誤嚥によって感染し、重症の肺炎を引き起こす。主な発生源としては、汚染された温水プールやジャグジー、あるいは飲料水供給システムがあげられる。臨床的には、症状が発現する前の10日間に及ぶ旅行歴を詳細に聴取することがきわめて重要である。診断にはLegionella pneumophila血清型1を検出する尿中抗原検査が有効であり、多くのクルーズ船はこの検査を船内で実施する能力を備えている。
④その他の感染症
水痘や麻疹、風疹などのアウトブレイクは、ワクチン接種率の低い地域から来ている船員やスタッフの間で発生する傾向がある。特に水痘は、COVID-19のパンデミック前において船内で最も頻繁に報告される「ワクチンで予防可能な疾患(vaccine-preventable diseases,VPD)」であった。さらに、寄港地によってはデング熱、マラリア、ジカウイルス感染症といった節足動物が媒介する疾患の流行地である場合もあり、航路に応じた注意が必要となる。
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*INFECTION CONTROL35巻10月号の掲載の先行公開記事となります。
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