矢野邦夫先生(浜松市感染症対策調整監 兼 浜松医療センター 感染症管理特別顧問)に「麻疹再流行に備える―診断・感染対策・ワクチンの最新知識」をご執筆いただきましたので、掲載いたします。
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麻疹再流行に備える―診断・感染対策・ワクチンの最新知識
はじめに
麻疹は、人間が唯一の宿主であるという生物学的特徴から根絶の対象となっているが、そのきわめて高い伝播性と社会・政治的要因により、完全な排除に至った地域はごくわずかである。近年では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによるワクチン接種率の低下や、ワクチン忌避(vaccinehesitancy)の影響を受け、世界的にアウトブレイクが増加している。
2015年、日本は世界保健機関(World Health Organization, WHO)から、麻疹の「排除状態(measles elimination)」を達成した国として認定された[1,2]。しかし、海外からの持ち込み例や、ワクチンの未接種あるいは接種不足のコミュニティでの広がりにより、依然として多くの麻疹患者が報告されている。
麻疹ウイルスの感染経路と感染性期間
感染経路と高い伝播性
麻疹ウイルスはきわめて高い伝播性をもち、感受性のある個体が曝露した場合の二次発症率(secondary attack rate)は約90%に達する[3]。感染経路は、飛沫感染および空気感染であり、患者との直接的な接触がなくても感染が成立する。ウイルスを含む感染性の微粒子は、空中を最大2時間漂い続けることが可能であり、患者が去った後の公共の場所や診察室においても感染のリスクが残る。
潜伏期間と感染性期間
通常、潜伏期間は10~12日である。感染性期間(周囲に感染させる可能性がある期間)は、発疹出現の4日前から出現後の4日間と推定されている4)。最も感染力が強い時期は、発熱や呼吸器症状が顕著となる前駆期の後半と考えられている。
典型的な麻疹の臨床経過
典型的な麻疹(classic measles)は、カタル期、発疹期、回復期の3つの臨床段階を経て進行する図1。
図1 麻疹の臨床経過(ChatGPTによる生成イラストを使用)
カタル期
麻疹のカタル期は、通常2~4日間、長い場合には8日間程度持続する。この時期には、高熱、倦怠感、食欲不振がみられ、さらに結膜炎、鼻炎、咳嗽といったいわゆる「カタル症状」を伴うことが特徴である。発熱はしばしば高度で、40℃前後に達することもある。
また、発疹出現の約48時間前には、麻疹に特徴的な粘膜疹であるコプリック斑(Koplikspots)が出現する。これは臼歯に対面する頬粘膜などにみられる1~3mm程度の白色~青白色の小隆起であり、「赤い背景に塩粒を撒いたよう」と表現される。コプリック斑は麻疹に特異性の高い重要な身体所見であり、発疹出現前の早期診断に大きく役立つ。
発疹期
発疹期は、発熱開始から約2~4日後に始まる。発疹は赤色で境界が比較的明瞭な斑状丘疹状皮疹として出現し、圧迫すると退色することが特徴である。初期には小さな紅斑として現れるが、次第に融合して広範囲に及ぶことがある。
発疹は典型的には顔面や頭部から始まり、その後、頸部、体幹、四肢へと、頭側から足側へ向かって拡大する。また、体の中心部から末梢へ広がるという特徴的な進展様式を示す。この「上から下へ広がる発疹」は、麻疹診断において重要な所見である。
発疹出現後3~4日が経過すると、皮疹は次第に暗褐色へ変化し、細かな落屑を伴うこともある。その後、出現した順序に従って徐々に消退してゆく。
回復期
発疹出現から48時間以内に臨床症状が改善し始めるが、咳は1~2週間持続することがある。発疹出現後3~4日を過ぎても発熱が持続する場合は、何らかの合併症の存在を強く疑う必要がある。
特殊な臨床病型:修飾麻疹
修飾麻疹(modified measles)は、既往感染やワクチン接種による既存の抗体があるものの、防御が不完全な場合に発生する。症状は軽度で、潜伏期間が長くなる傾向(17~21日)があるが、周囲への伝播性は典型例より低いことが知られている[5,6]。
麻疹の合併症
合併症
麻疹に罹患したワクチン未接種者では、約5人に1人が入院を必要とする。小児では20人に1人が肺炎を発症し、これは乳幼児における麻疹関連死亡の最も一般的な原因とされている。さらに、約1,000人に1人が脳炎を発症し、けいれんを伴うほか、聴覚障害や知的障害などの後遺症を残すことがある。呼吸器系あるいは神経系の合併症による死亡は、麻疹患児1,000人当たり1~3人に生じると報告されている[7]。
亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis, SSPE)は、麻疹自然感染から数年~10年後に発症する、進行性かつ致死的な変性疾患である。特に、1歳未満で感染した場合は609人に1人、5歳未満で感染した場合は1,367人に1人の頻度で発症するとされており、低年齢での感染が重要なリスク因子となる[8]。
免疫抑制
麻疹ウイルス感染は、数週間から最長3年間にわたる深刻な免疫抑制を引き起こすことがある。これにより既存の病原体に対する抗体が失われたり、T細胞系やB細胞のプールが損なわれたりすることで、二次感染のリスクが増大する[9]。
診断のポイント
麻疹の疑い
発熱、発疹、カタル症状(咳、鼻汁、結膜炎)を認める患者、特に麻疹免疫が不十分で、流行地への渡航歴や患者との接触歴がある場合は強く麻疹を疑う。
臨床検査
RT-PCR法:喉頭または鼻咽頭スワブ、および尿からのウイルスRNA検出が推奨される。感度が高く、診断の確証に有用である。
血清学的検査:麻疹IgM抗体の検出が一般的である。ただし、発疹出現当日には陰性の場合があり、出現3日後以降の採取が望ましい。確実な診断のためには、急性期と回復期のペア血清によるIgG抗体価の4倍以上の上昇を確認する。
医療機関における感染対策
感染対策
麻疹は空気感染するため、標準予防策に加えて空気予防策が必要である。外来では、発熱と発疹を呈する患者を認めた場合、麻疹の可能性を念頭に置き、すみやかにほかの患者から隔離する。可能であれば陰圧室へ案内し、患者にはサージカルマスクを着用させる。医療従事者は、免疫の有無にかかわらずN95レスピレータを着用する。麻疹ウイルスは空気中に長時間浮遊し、患者退室後も最大約2時間感染性を保持するため、患者使用後の部屋は少なくとも2時間は使用を避ける必要がある。
入院管理においても空気予防策が必要である。通常は発疹出現後4日間まで空気予防策を継続するが、免疫不全患者ではウイルス排出期間が長引く可能性があるため、全病期間を通じて空気予防策を継続する必要がある。
曝露もしくは発症した医療従事者の就業制限
麻疹感受性(免疫なし)の医療従事者が曝露した場合、曝露後5日から21日の間は就業制限(勤務禁止)とする。発症した場合は「発疹が出てから4日間」の就業制限が必要となる[10]。
ワクチンの重要性
接種スケジュール
地域社会での麻疹の感染拡大を抑制し、流行を防ぐためには、麻疹含有ワクチンの2回接種率を95%以上に維持する必要がある[11]。日本では、1歳時(第1期)および小学校就学前1年間(第2期)に定期接種として実施されている。1回接種で約93%、2回接種で約97%の予防効果が得られる[12]。
医療従事者については、1歳以上で「2回」の接種記録があれば追加の接種は必要ない。予防接種の記録が1歳以上で「1回」のみの場合には、1回目の接種から少なくとも4週間以上あけて、2回目を接種する。1歳以上で「2回」の接種記録が確認できれば抗体検査は必要ない[13]。ワクチンを2回接種したが、抗体を獲得できなくても、「免疫のエビデンスあり」として取り扱われる[14]。したがって、以下のいずれかがある場合、麻疹に対する免疫があると見なされる。
・ 麻疹含有ワクチンの2回接種の記録
・ 麻疹IgG 抗体陽性
曝露後予防(post-exposure prophylaxis, PEP)
麻疹患者に曝露した感受性者に対し、発症の阻止または軽減のために曝露後予防を行う。
・ ワクチン:最初の曝露から72時間以内に麻疹含有ワクチンを接種する[15]。
・ 免疫グロブリン製剤(IG):ワクチンが禁忌の者(妊婦や重度の免疫不全者)や、曝露後72時間を過ぎたハイリスク者に対し、曝露から6日以内に投与する[15,16]。
【引用・参考文献】
1)国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト.麻しん.https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/measles/index.html
2) WHO. Brunei Darussalam, Cambodia, Japan verified as achieving measles elimination. https://www.who.int/westernpacific/news/item/27-03-2015-brunei-darussalam-cambodia-japan-verified-as-achieving-measles-elimination
3) CDC. Yellow book. Measles. https://www.cdc.gov/yellow-book/hcp/travel-associated-infections-diseases/measles-rubeola.html
4) CDC. Clinical overview of measles. https://www.cdc.gov/measles/hcp/clinical-overview/index.html
5) CDC. Measles symptoms and complications. https://www.cdc.gov/measles/signs-symptoms/index.html
6) Tranter, I. et al. Onward virus transmission after measles secondary vaccination failure. Emerg Infect Dis. 30(9), 2024, 1747‒54.
7) CDC. Lack of measles transmission to susceptible contacts from a health care worker with probable secondary vaccine failure―Maricopa County, Arizona, 2015 https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6430a5.html
8) Wendorf, KA. et al. Subacute sclerosing panencephalitis:The devastating measles complication that might be more common than previously estimated. Clin Infect Dis. 65(2), 2017, 226‒32.
9) Mansour Haeryfar, SM. On invariant T cells and measles:A theory of“innate immune amnesia”. PLoS Pathogens. 16(12), 2020, e1009071. doi:10.1371/journal.ppat.1009071.
10) CDC. Infection control in healthcare personnel:Epidemiology and control of selected infections transmitted among healthcare personnel and patients. https://www.cdc.gov/infection-control/media/pdfs/Guideline-IC-HCP-H.pdf
11) CDC. Manual for the surveillance of vaccine-preventable diseases. Chapter 7:Measles. https://www.cdc.gov/surv-manual/php/table-ofcontents/chapter-7-measles.html
12) CDC. Measles vaccine recommendations. https://www.cdc.gov/measles/hcp/vaccine-considerations/index.html
13) 日本環境感染学会.医療関係者のためのワクチンガイドライン第5版.https://www.kankyokansen.org/wp-content/uploads/vaccine-guideline_05.pdf
14) CDC. Prevention of measles, rubella, congenital rubella syndrome, and mumps, 2013. http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/rr/rr6204.pdf
15) CDC. Immune globulin for measles post-exposure prophylaxis. https://www.cdc.gov/measles/downloads/measles-immune-globulin-postexposure-prophylaxis.pdf
16) 厚生労働省.麻しん(はしか)に関するQ&A.https://www.mhlw.go.jp/topics/2007/07/tp0710-2.html
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*INFECTION CONTROL35巻9月号の掲載の記事となります。
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