聖路加国際大学
特任研究員
片岡弥恵子
実は私は、幼い頃から助産師になりたいという明確な意志を持っていたわけではありません。「助産師になったきっかけは?」と問われても、何か特別なことがあったわけでもなければ、看護学生のとき、母性看護学の成績がよかったわけでもありませんでした。そんな私が助産師になり、現場で助産師としての経験を積み、そして助産学の教員になり、約40年間この仕事を続けてきました。今では、助産師の活動を発展させることが自分のミッションだと認識するまでになりました。
助産師になってはじめに就職したのは、新宿区にある聖母病院でした。当時はお産が多い時代で、とにかく毎日忙しかったことを覚えています。新宿という地域性もあり、さまざまな背景を持つ女性たちが病院に来ていました。なかには、未受診のまま救急搬送される産婦さんも珍しくありませんでした。そのような状況に置かれた女性たちと接する中で感じたのは、どんな過酷な環境でも“生き抜こうとする力”の存在でした。人が生きていく力強さ、底力を感じたのです。女性たちの経験に心を動かされ、尊敬の念を抱くと同時に、私は大きな力をもらい、助産師の仕事の魅力、やりがいを感じました。
また、産婦さんと助産師が力を合わせることで乗り切れた経験も多くありました。出産が集中すると待機室が満床となり、助産師の手が十分に行き届かない状況も生じていました。そんなとき、破水により入院していた経産婦さんが「隣のベッドの方がかなり痛そうです。行ってあげてください」と声をかけてくれたのです。ほかにも、別の産婦さんが隣の人の腰をさすってくれていたこともありました。大変な状況の中、皆で力を合わせ、むしろ助産師が支えられているということを実感しました。人の優しさに本当に助けられていました。今では考えられない光景で、助産師の手が行き届かないのはもちろん望ましい状況ではありません。しかし、このような経験を通して女性たちからもらった力は、今も私の原動力になっていると感じています。
助産師は、英語で“midwife”といい、“女性たちのそばにいる人”、“共にある人”という意味を持ちます。女性たちと経験を共有し、そこから力をもらうことができる助産師の仕事を、心から素晴らしいものだと感じています。私の助産師の原点は、まさにここにあるのです。
本記事は『ペリネイタルケア』2026年7月号の連載Rootsからの再掲載です。