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トップページ 新生児・小児/助産/ウィメンズヘルス Cure&Care&Nursing 選んだのではなく続いた道|木村 聡|Roots|#029

木村産科・婦人科 理事長・院長

木村 聡


 私が医師を志したのは、父が産婦人科診療所を開業しており、身近に父の姿があったからです。「父が医師だから自分も医師になるのかな」と思っていた程度で、強い志があったわけではありません。よくあるパターンですね(笑)。もっとも、勉強だけはそれなりに頑張りました。

 一浪ののち、関西医科大学医学部に入学し、学生時代は剣道とアルバイトに明け暮れつつ、将来は麻酔科を第一希望に考えていました。ところが5回生のとき、父が新たに有床産科診療所を開業したのです。その流れで、実家のある浜松医科大学産婦人科学教室に入局することになり、平成7年に故郷浜松で産婦人科医としての人生が始まりました。

 気がつけば今年で31年。大学では周産期医療に携わり、羊水塞栓症班にも所属しました。現在は有床産科診療所の院長として、少子化の時代でも年間600件前後の分娩を取り扱っています。産婦人科医が天職だと思ったことはありませんが、それでもここまで続けてこられたのは、お産の神様に嫌われてはいないのだろう、と感じられるくらいには恵まれてきたからかもしれません。結果的に長く産婦人科医をしていますが、振り返ると、どの診療科を選んでいたとしても、一生懸命向き合っていれば、仕事はだんだん自分のものになっていくのだと思います。

 分娩は私にとって日常の一場面ですが、産婦さんにとっては一生に数回しか経験できない貴重な出来事です。一つひとつの分娩が、その方にとってよい思い出となるよう、丁寧に向き合い、日々コツコツと診療を重ねています。現在は無痛分娩と産後ケアにも力を入れており、子育てへの不安を抱えるお母さんたちに寄り添える医療の提供を目指しています。

 私は自分が育った浜松が大好きです。気候もよく、交通の便もよく、そこそこ都会でとても住みやすい街です。私が子どもだった昭和50年代のように、子どもたちが元気に駆け回る若くて活気のある街に戻ってほしいと思っています。あと10年、15年、この街が子どもと母親、そして家族みんなの笑顔があふれる場所となるように、産婦人科医として尽力していきたい。これが私の夢であり私のRootsです



本記事は『ペリネイタルケア』2026年6月号の連載Rootsからの再掲載です。