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トップページ 新生児・小児/助産/ウィメンズヘルス Cure&Care&Nursing 今日も赤ちゃんとお母さんのために 頑張りましょう|馬目裕子|Roots|#026

日本赤十字社医療センター 看護部 看護副部長/
周産母子・小児センター 副センター長

馬目裕子


 私が助産師を目指すようになったきっかけは、看護学校で最初の実習先が産婦人科だったことです。実習中、出産に立ち会う機会をいただき、助産師の仕事を間近で見ることができました。出産の現場は想像以上に緊張感があり、友人の一人は会陰切開の場面で脳貧血を起こし、最後まで立ち会うことができませんでした。そんな中、私は元気に生まれてきた赤ちゃんの泣き声に胸を打たれ、命の誕生の瞬間に深く感動しました。そして、出産の場面で助産師が果たす役割の大きさを知り、「私もこんなふうに女性と赤ちゃんに寄り添える存在になりたい」と強く思うようになったのです。

 看護学校を卒業後、新生児科で看護師として1年間勤務しながら助産師学校を受験し入学しました。助産師学校では、助産師としての学びを深め、母子を包括的にケアする視点を身につけました。卒業後はこれまでの経験を活かすためにNICUに戻り、助産師としてのキャリアを歩み始めました。とはいえ、当初は分娩に直接関わる機会がなく、自分のことを「なんちゃって助産師」と冗談交じりに話していたのを覚えています。私の勤務する施設では、NICUやGCUで経験を積むことが助産師のキャリアの一部として当たり前になっており、当時のNICUスタッフの半数以上が助産師資格を有していました。

 5年ほどNICUで勤務した後、いよいよ分娩室に異動となりました。ちょうどその頃、助産院での経験を持つ先輩が中心となり、フリースタイル出産への対応が始まった時期でもありました。業務の合間を縫って、誰に言われるでもなく同僚たちが自然に集まってファントムを使って分娩介助の演習を重ねる日々。出産の環境を整え、女性の思いを引き出し、主体的な出産に導く支援者として助産師はどうあるべきか、そんな問いを持ち続けながら、ようやく「助産師になれた」と実感できたのは、助産師学校を卒業して6 年後のことでした。

 現在は看護管理者としての役割が大きくなりましたが、今も変わらず大切にしていることは、「母子とその家族にとって何が最善か」を問い続ける姿勢です。医療者が考える最善と母子や家族の望むことが乖離していないか。もし乖離がある場合には、十分に対話を重ねながら意思決定を支援できているか。そんな倫理観と助産観を胸に、日々の実践に向き合っています。

 今日も赤ちゃんとお母さんのために頑張りましょう」先輩助産師が毎朝のミーティングで口にしていたこの言葉が、今も私の心の支えになっています。これからも、母子とその家族、そして支援に携わるスタッフのために、助産師として力を尽くしていきたいと思います



本記事は『ペリネイタルケア』2026年3月号の連載Rootsからの再掲載です。

*** 今号からスタートの新連載 ***

日本母体胎児医学会 MEME プロジェクト
助産師のためのCTGレッスン
①CTG の読み方

CTG(胎児心拍数モニタリング)は、母児の安全を守るために欠かせない重要なツールです。 「波形の読み方が難しい……」「この判読で合っているのかな……」と日々悩む方に向けて、 第一線で活躍する産科医が交代で解説していきます。


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