矢野邦夫先生に「未診断狂犬病ドナーからの臓器移植によるヒト—ヒト感染事例」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
*INFECTION CONTROL35巻3月号の掲載の公開記事となります。
「野兎病の抗菌薬治療と曝露後予防に関するCDC推奨」
臓器移植によって狂犬病ウイルスがヒトからヒトに伝播した事例が発生し、その詳細をCDCが報告しているので紹介する[https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/pdfs/mm7439a1-H.pdf]。
概要と背景
本報告は、2024年10月~2025年2月に米国で発生した、未診断の狂犬病ドナーを介した臓器移植関連狂犬病の詳細な公衆衛生調査である。狂犬病は主として感染動物の咬傷・搔傷で伝播するが、臓器や組織移植によるヒト—ヒト感染もまれに発生する。米国では1978~2013年に3件が報告され、計9人のレシピエントが影響を受けている。臨床発症後はほぼ全例が致死的であるため、曝露後予防投与(postexposure prophylaxis, PEP)の適時実施が救命の前提となる。本事例は1978年以降4例目であり、移植医療における狂犬病リスク評価の重要性を改めて示した。
腎臓レシピエントの経過
2025年1月、動物曝露歴のない腎移植レシピエントに狂犬病が疑われ、州保健局とCDCに通報された。患者は2024年12月にアイダホ州のドナーから左腎移植を受け、5週間後に振戦や脱力、錯乱を呈して入院し、恐水症や自律神経不安定症が進行して死亡した。CDCは唾液、項部皮膚生検、脳組織から狂犬病ウイルスRNA を検出し、血清ではIgM・IgG・中和抗体を確認した。遺伝子解析はギンイロコウモリ由来変異株と一致し、家族からは動物曝露歴は聴取されなかった。
ドナーの感染源および伝播経路
調査により、ドナーは死亡の約6週間前にスカンクに引っかかれ、出血を伴う創傷を負っていたことが判明した。12月上旬に神経症状が出現し脳死に至り、心臓・肺・腎臓・角膜が提供された。保存されていた右腎の生検から狂犬病ウイルスRNAが検出され、臓器由来の伝播が裏付けられた。疫学的検討では、コウモリ→スカンク→ドナー→腎移植レシピエントという三段階の伝播が最も合理的であり、非典型的な地域生態系における狂犬病ウイルスの伝播様式の複雑さを示している。
角膜レシピエントと予防措置
角膜は3人(カリフォルニア、アイダホ、ニューメキシコ)に移植されていたが、ドナーの狂犬病疑い判明後、全員が予防的に移植片摘出とPEP(ヒト狂犬病免疫グロブリン+ワクチン4回)を受けた。全例で抗体価が確認され、症状発現はなかった。移植された角膜片の1つからも狂犬病ウイルスRNAが検出され、早期対応の妥当性が強調された。角膜は中枢神経系へ近接するため潜伏期間短縮の可能性が指摘され、摘出判断は臨床的にも合理的である。
曝露評価と公衆衛生対応
狂犬病陽性確定後、スカンク・ドナー・腎移植レシピエントの感染期間に接触した可能性のある370人が抽出され、357人(96%)がリスク評価を受けた。PEP推奨者は46人(13%)であり、ドナー関連医療従事者17人(21%)、腎移植レシピエント関連医療従事者16人(6%)が含まれた。多機関連携による迅速なリスク評価と介入により、潜在的な二次感染リスクは大幅に軽減された。
感染制御への示唆と移植医療の課題
本事例は、狂犬病がまれでルーティン検査項目に含まれないこと、加えてドナー曝露歴が完全に共有されないことが診断遅延の一因となり得ることを示した。特に急性脳症を呈する潜在的ドナーでは、過去1年以内の狂犬病感受性動物(コウモリ、スカンク、キツネ、アライグマなど)による咬傷・搔傷の有無を確認すべきである。該当する場合には、公衆衛生当局と早期に協議し、必要に応じて移植判断の再検討やレシピエントのPEP準備を進めることが望ましい。狂犬病の潜伏期間は数週~数ヵ月であるが、PEP判断は「緊急」ではなく「医学的切迫事項」とされ、状況判断が重要となる。疑いが生じた場合、迅速な診断検査、適応にもとづく移植片の摘出、レシピエントおよび関連接触者へのPEP は、移植医療の安全性確保に不可欠である。
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*INFECTION CONTROL35巻3月号の掲載の先行公開記事となります。
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