*本記事は2025年6号掲載記事の再掲載になります。
特集3 PPEと滅菌を通じて見直す災害医療の備えと感染対策~東日本大震災の経験から~
Summary
▶2011年3月11日、東日本大震災が発生し、沿岸部の多くの病院が被災した。生き残った医療機関は患者を受け入れるだけでなく、地域の拠点病院として機能し続ける必要があった。しかし、震災直後から深刻な物資不足に見舞われ、感染対策に必要な物資の確保も困難を極めた。
▶災害時には医療機関が物資不足や患者の急増に直面することが明らかである。感染対策に必要な個人防護具(personal protective equipment, PPE)の確保は、医療従事者の安全と患者への適切な医療の提供のために不可欠である。
▶本稿では、震災当時の医療現場で起きていたことを振り返り、PPEと滅菌物の管理を中心に、今後の「備え」として重要なポイントを考える。
Keyword:東日本大震災、感染対策、備え
▶震災時の石巻赤十字病院の状況
石巻赤十字病院は、宮城県沿岸部北東地域に位置し、災害拠点病院、救命救急センターの指定を受けた病院である。東日本大震災当時は病床数402床(2025年3月現在は460床)、人口約22万人医療圏の超急性期・急性期医療を担っていた。当院は2006年に沿岸部から直線距離で4.5km内陸部に移転新築していたことで、津波による被害を免れた。発災直後、病院では電気・水道・ガスなどのライフラインが途絶(図1)し、物流も停止した。次々と患者が運び込まれる一方で、通常の医療体制は維持できず、限られた資源で最大限の対応が求められた。
特に、感染対策に必要な手袋、消毒薬、ガウンなどの物資は早々に不足し、多くの病院では代替手段を模索せざるを得ない状況になった。
図1 ライフラインの復旧状況
電気:停電で自家発電に切り替わる。13日正午に復旧(自家発電用の重油は3日分備蓄)。
水道:上水は半日分、雑用水は3日分貯水していたが、12日正午ごろから市の給水車で給水を繰り返すも必要量の半分しか補充できず、院内消防用水からも補給。16日17時に復旧。
ガス:石巻ガスが移動式ガス発生装置を設置して23日仮復旧、本復旧は4月10日。
エレベーター(EV):発電機エレベーター含め11台すべて停止。稼働には昇降機検査資格者の確認が必要で13日夕方まで使用不可。
▶感染対策の観点からみた課題
PPEの不足
感染症の拡大を防ぐためには、医療従事者が適切なPPEを使用することが不可欠である。しかし、震災時には以下の問題が発生した。
手袋・ガウン
感染対策の基本である手袋やガウンも限られた数しかなく、必要最小限の使用にとどめざるを得なかった。宮城県内のCNICに行った調査では、手袋不足時は片手のみ着用とし、ガウンを複数回使うなどの対応を余儀なくされた医療機関もあった[1]。
マスク
災害時には病院内に多くの患者や支援者が出入りして密集するため、飛沫感染のリスクが高まる。新型インフルエンザ対策でマスクを備蓄していたため、院内で使用する分には困らなかった。一方で集団生活を強いられる避難所では早々にマスクの在庫が尽き、布マスクやタオルで代用するケースがみられた。
器材の洗浄・消毒・滅菌の困難さ
震災時には水や電気、ガスが使えない状況が続き、通常の滅菌方法が維持できなかった。
消毒用アルコールの不足
手指消毒薬や環境消毒用アルコールは早々に不足し、次亜塩素酸ナトリウムの希釈液を環境消毒に使用することもあった。
高圧蒸気滅菌の使用不能
電気と水はあっても、ガスがないと蒸気ボイラーを稼働させることはできず、高圧蒸気滅菌を使用することはできない。そのため、当院では自家発電で稼働できる滅菌機をフル活用し、器材によっては滅菌を中止して高水準消毒に変更したほか、他施設では煮沸消毒など原始的な方法を行っていた施設もあった[1]。
▶滅菌物の管理と工夫
病院では通常、滅菌済みの医療器具を使用する。しかし、震災によって滅菌処理が通常通りできなくなったため、現場では以下のような工夫が行われた。
滅菌物の使用優先順位を設定
手術や処置の優先度を見極め、限られた滅菌物を最も必要な診療現場に回した。
滅菌機器の制約への対応
高圧蒸気滅菌機が使用できない状況下で、卓上型オートクレーブや既存の過酸化水素ガスプラズマ滅菌機を使用した。しかし、チャンバーの容量に制限があるため、滅菌対象を最小限に抑える工夫が求められた。具体的には、セット器材の見直しを行い、直接粘膜に触れないベースンなどの器材については、滅菌ではなく高水準消毒薬への浸漬を採用するなど、柔軟かつ臨機応変な対応を実施した表1。
表1 災害時のセット器材見直しの事例
縫合セット:平時はトレイをセットして高圧蒸気滅菌していたが、災害時はかさばるトレイをはずし最小限とした。
分娩セット:平時はベースンなども含めすべて高圧蒸気滅菌していたが、災害時はベースンなどは高水準消毒へ変更し、それ以外の器材のみ滅菌とした。
滅菌バッグ枯渇への非常時対応
過酸化水素ガスカートリッジや滅菌バッグの枯渇が懸念されたため、滅菌対象器材をまとめて処理する方針を採用し、1日2回の滅菌サイクルを実施した。また、非常時対応として滅菌バッグを2回まで再利用可能とする決定がなされたが、実際に再利用されることはなかった。
赤十字救護班からの震災時の医療支援
東日本大震災における医療支援活動の一環として、ライフラインが途絶し医療機関の運営が大きな制約を受けるなか、赤十字救護班による貴重な支援も行われた。滅菌器材の洗浄や再滅菌が困難な状況で、被災地医療機関の負担軽減を目的に、継続的に救護に来た一つの医療機関が滅菌済みの分娩器材を持参し、その提供に尽力した[2]。これらの器材は使用後、被災地での洗浄を省略し、持参元の医療機関に持ち帰る形で運用された。こうした配慮と迅速な対応により、被災地の限られた医療資源を効果的に活用することが可能となり、医療現場において大きな助けとなった。
震災支援における感染管理看護師の迅速な対応
東日本大震災の発災から9日後、赤十字救護班の一員であった感染管理認定看護師である菅原えりさ氏(当時日本赤十字社医療センター所属)の尽力により、容量の大きな過酸化水素ガスプラズマ滅菌機の輸送が実現した。この支援は、菅原氏が赤十字救護班として石巻に派遣された際、筆者との交流を通じて生まれたものである。筆者が滅菌の困難な状況を伝えたところ、菅原氏は迅速にジョンソン・エンド・ジョンソンの担当者と連絡を取り合い、東京からデモ機を送る手配を進めてくれた。また、過酸化水素ガスカートリッジや滅菌バッグなどの消耗品も無償で支援され、被災地の医療現場において大きな助けとなった。
被災地医療機関への滅菌支援活動
被災した沿岸部の病院において、ライフラインの途絶により器材の洗浄・消毒・滅菌が実施できない状況が続いていた。この事態を受け、当院は当該病院で使用された器材を受け入れ、3月下旬から約1ヵ月間にわたり、洗浄・消毒・滅菌処理を実施した。この取り組みにより、被災地の医療現場が直面していた課題解消の一助となった。
▶「備え」として重要なポイント
震災を経験した医療現場の教訓から、今後の「備え」として重要なポイント、主に物流の遮断に備えた対策を整理する。
分散備蓄の必要性
1ヵ所に集中して備蓄するのではなく、複数の拠点に分散して備蓄することが望ましい。近年、院内物流管理(supply processing and distribution, SPD)普及に伴い医療材料の院内備蓄が少なくなり病院経営改善・効率化に寄与している一方で、広域災害発生時は物流が途絶える可能性もある3)。保管施設の地理的リスクを分析し、倉庫の耐震・浸水対策も講じなければならない。自施設の物流拠点はどこにあるのか確認し、災害時の供給体制の確認、物流途絶時の対応を病院・SPD業者間で取り決めておく必要がある。
病院間連携の重要性
被災地の病院では、救援が得られるまでは孤立した状態で医療供給を継続しなければならない。災害時には病院ごとに状況が異なるため、事前に器材の洗浄、滅菌、医薬品や機器の応急貸与など物資・設備の相互支援体制を構築しておくとよい。
PPEの備蓄
感染症流行や災害時の急激な需要増加に備える必要がある。当院では感染症法に基づく「医療措置協定」[4]項目に沿って、約2ヵ月分のPPEを院内に備蓄しているが、保管施設整備に対するコストや利便を比較して各施設で適正な品目と数量を病院で決める必要がある。
消毒薬・滅菌用品のストック
消毒薬や滅菌薬剤を平時から備蓄し、ライフライン停止時の代替滅菌法を確立する。当院では震災後、電気のみで稼働できる滅菌機を追加で導入し、過酸化水素ガスカートリッジ、滅菌バッグは約2週間分の備蓄をしている。高水準消毒薬は内視鏡センターなどでも在庫しており、必要時は院内から集め使用することとなっている。
滅菌環境の確保
簡易滅菌プロトコルを整備する必要がある。オートクレーブが使えない場合に備え、化学消毒の方法や煮沸消毒、変更するセット器材のリストや具体的な代替滅菌手順のリストを策定し、定期的に実践訓練を行う必要がある。
専門職間の連携で築く災害対応力
東日本大震災の医療救護活動において、助産師や感染管理認定看護師の迅速な支援が、被災地医療の運営に大きく貢献した。被災地ではライフラインの寸断により医療機器の滅菌が困難を極め、対応が求められる状況が続いたが、専門職による支援が課題を克服する一助となった。助産師による滅菌済み分娩セットの持参や使用後の配慮、感染管理認定看護師が連携してプラズマ滅菌機の輸送を手配した事例は、災害時における医療資材の適切な活用と外部ネットワークの重要性を象徴するものである。これらの経験を踏まえ、今後の災害への備えとして、迅速な支援提供体制の構築、専門職の連携強化が課題としてあげられる。
▶おわりに
東日本大震災の経験を通じて、感染対策と滅菌物の管理が病院の「備え」としてきわめて重要であることが明らかになった。災害時の医療現場では、物資の確保が困難になるため、事前の備蓄と代替手段の確立が不可欠である。また、各医療機関がリスクを再評価し、災害に備えた柔軟な体制を構築することが求められる。さらに、これまでの経験を共有する場を設け、知見を広めることで、災害時の感染対策への備えが一層強化されるだろう。このような取り組みは、医療の継続性を支え、社会全体の災害対応力向上にも寄与する。本稿に記載した内容は、筆者が東日本大震災時に経験した課題の一部を抜粋したものであるが、限られた状況下で取り組んだ実例を通じて、皆様の医療活動に少しでも役立つ情報を提供できれば幸いである。
■文 献
1) 東日本大震災に学ぶ災害時の感染管理:被災地ICN からの報告と提言.感染制御.9巻別冊1,236p.
2) 真坂雪衣ほか.被災地での周産期マネジメント.助産雑誌.66(6),2012,468‒72.
3) 鈴木保之ほか.東日本大震災における手術・手術室への影響―東北・関東地域のアンケート調査より―,日本医療マネジメント学会雑誌.14(4),2014,189‒96.
4) 厚生労働省医政局地域医療計画課ほか.感染症法に基づく「医療措置協定」締結等のガイドライン.令和5年5月26日(初版).