*本記事は2025年6号掲載記事の再掲載になります。
特集2 自施設の断水の影響と感染対策~令和6年能登半島地震の経験から~
Summary
▶令和6年能登半島地震(以下、能登半島地震)は、災害対応マニュアル、事業継続計画(business continuity plan, BCP)の被害想定を大きく超える被害状況であった。
▶災害対応マニュアルおよびBCP 策定においては、きわめてシビアな状況を想定した計画策定と実践的な訓練の必要性を痛感した。
▶自衛隊、災害派遣医療チーム(disaster medical assistance team, DMAT)などの多数の団体が震災対応に駆けつけたが、短期間での人員交代があり、情報共有がうまくいかない面がみられた。
▶職員自身も被災し、過酷な状況から多くの職員が離職した。
▶感染管理認定看護師としてできることはきわめて限定的で、災害対応を行う行政機関や各種団体との連携を行うことが重要であった。
Keyword:能登半島地震、事業継続計画、感染対策
▶はじめに
能登半島は本州中央部の日本海側に位置し、石川県域の12市町、富山県の1市の13市町からなる、日本海側最大の半島である。また能登半島の北部(奥部)の2市2町の地域を奥能登地域と称する。この地域は平野が乏しく市街地は河川下流域の海岸線付近に存在し、山間部には多数の小集落が点在する(1)。
能登半島地震の概要
令和6年(2024年)1月1日16時10分ごろ、能登半島にマグニチュード7.6(速報値)、最大震度7の大きな地震が発生した。後の調査で能登半島沖の複数の海底断層が時間差で連動して地震が起きたとされ、そのため大きな揺れが長く続いた(2,3)。
被害
地震の原因は輪島沖から能登半島の下部に潜り込む断層で、地震により最大5 mもの隆起が発生した(4)。輪島市内の港は干上がり使用不能となり、崖崩れや道路の崩壊で県都である金沢市と接続する国道249号線とのと里山海道が使用不能になり物流が絶たれた。
また輪島市にあるのと里山空港では、滑走路が被害を受け空港は使用不能となった。このため輪島市を含む奥能登地域は海路、陸路、空路を断たれ陸の孤島となってしまった。
特に陸路である国道249号線とのと里山海道の被害は大きく、これが後々の災害支援や復旧作業の大きな遅れの要因となった。
地震の大きな揺れが長く継続したことで、市内では多くの電柱や建物が倒壊し道路をふさいだ。また道路には地割れが多数発生し、下水管のマンホールが浮き上がった図1。特に橋梁と道路には数10cmから1m近くの段差が生じた。これらにより市内では車での移動が非常に困難になった。
水道施設も大きな被害を受け、送水管の破損や倒壊家屋からの漏水もあり復旧には長期間を要した。また、停電になったことで放送施設や携帯電話の中継施設の予備電源も3、4日後に枯渇し、外部の情報取得や連絡も困難になった。
本稿では感染管理認定看護師として今まで経験したことのない大災害にどう対応したか、どのように感染対策を行ったか、反省も含めて紹介する。
図1 隆起したマンホール
▶市立輪島病院の被害状況
輪島市は、奥能登地域に位置し、市の中心部から金沢市までの距離は約120 kmある。人口は2.45万人、高齢化率(65歳以上)は46.26%と高い地域である。市内唯一の入院可能な医療機関が市立輪島病院である。病院は平成9年に竣工され、5階建ての耐震構造である。開設者は輪島市長であり、職員は輪島市職員である。
病院内の状況
地震直後の病院では3階、4階の病棟は停電したが非常電源が起動した。1階、2階は停電し、揺れまたは配管損傷による漏水での医療機器の被害が大きく、透析室、検体検査室、薬剤部、内視鏡室、画像検査部門は使用不可になった図2。エレベーターや電子カルテも使用できない状態であり、外部との通信手段である固定電話、衛星電話、インターネットも使用できなかった。
図2 検体検査室の状況
職員と患者の状況
職員の地震時参集基準は震度5強以上(5)であるが、市内の家屋や道路被害が大きく実際に参集できたのは病院近隣に住居があった者だけであった。多くの職員は被災や道路損壊により出勤できず、また院内にいた職員は帰宅できず院内の椅子などで仮眠をとりながらの数日間の連続勤務となった。
震災当日は外傷を中心とした患者が23人(死亡含む)来院し、トリアージを行った。災害の規模に比べ患者数が少ないが、これは道路や家屋の被害が大きく、消防署の機能も麻痺状態になったことによると推定される。また大津波警報が発令され、多数の近隣住民が病院に避難してきたため職員はその対応も行うことになった。
震災2日目に病院に入ったDMATの指示により入院患者は県内外の医療機関へ広域搬送した。入院の受け入れを震災前の7割に縮小し、空き病床を災害支援者の宿泊場所として提供する方針となった表1。
表1 震災前後の市立輪島病院の状況
水道と下水道の状況
水道および下水道の被害については、市内全域で道路損壊が発生し送水管、下水管、処理施設が破壊されその機能を失った。院内においても配管損傷による漏水が多くの箇所で発生した。院内の汚水を処理している浄化槽も隆起し使用不能になった図3。
図3 隆起した浄化槽
水道・下水道が使用できなくなったためトイレは使用できない状態であった。しかし1階トイレは外来患者だけではなく、一般住民も避難してきたため、やむなく使用し汚物が積み重なり見るに堪えない状態になった。それでも使用せざるを得ないのが現実であった。
震災翌日以降のDMAT、自衛隊、他県の水道局などによる給水活動により飲料水、生活用水は充足していったが、下水道の復旧は遅々として進まず、このため水の利用制限が継続した。その後、千葉県君津市と高知県高知市の災害援助により駐車場にトイレトレーラーが2台設置され、職員と外来患者のトイレ状況は大きく改善した。
最終的に院内の浄化槽が復旧し公共下水道への接続工事が完了後、水の利用制限が解除されたのは震災の3ヵ月後であった。
▶断水対策
震災時、筆者は自宅に居たが、大津波警報が発令されたため、高台にある自宅に1時間程度待機した。道路の損壊がひどく車が使用できないため、徒歩で病院に向かい、病院到着後、病棟職員に断水対策を指示した表2、図4。
表2 断水対策
DICT:disaster infection control team、災害時感染制御支援チーム
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図4 災害当時の衛生材料の在庫
紙オムツは前月の療養病棟閉鎖のため、多く残っていた。また、CSセットと身体拭きタオルは年末年始のため在庫を多めに確保してあった。
震災翌日以降はDMATが入って入院患者の広域搬送や病院運営、災害用トイレが設置された。DMAT、自衛隊、日本赤十字社などの支援により院内の衛生環境は改善したが、下水道が利用できないことによる、生活用水の使用制限が大きな課題であった。このため、排尿・排便は紙オムツ、または、災害トイレにより固めて廃棄した図5。
図5 災害対応トイレ
ラップポントイレは使用後に排泄物をラップで密封する。動作には電気を使用する。設置面積は大きい。災害対応トイレは既設のトイレにビニール袋をかぶせる。排泄物は凝固剤で固めて処理する。トイレの数が不足したため両方使用した。
▶院内への水循環型手洗いスタンドの設置
院内対応にある程度の目途がついたら、避難所支援も役割の一つであるため、実際に「受援DICTのメンバー」として避難所支援も実施した。その際、DMAT が設置した「水循環型手洗いスタンド」に出会い、これを利用すれば「下水が使えない病院でも手が洗える!」と考え、病院担当のDMATに7台の設置を依頼した。最終的には14台が設置され、院内の手洗い環境が大きく改善した。使用に際しては、注意事項に関して、職員への説明と機器に表示を行った図6。
図6 水循環型手洗いスタンド(写真提供:北良株式会社)
輪島市は2007年に震度6の地震があったが、限定的被害で復旧・復興も比較的すみやかであった。しかしこれが成功体験となり、筆者も含め市民に油断があった。下記に今回の能登半島地震における反省点をまとめる。
- 広域大規模災害の被害想定が甘かった(6)。災害対応に使用できる資源(インフラや人員)がきわめて限定された状況を想定した対策が必要であった。
- 生活用水が不足した。輪島市のBCPでは、飲用水はコンビニエンスストアやホームセンターとの供給協定があったが機能しなかった(5)。
- 地震により病院2階の備蓄倉庫の扉が歪み、非常食や飲用水の取り出しに苦慮した。
- 災害では職員、患者、外来受診者、支援者の排泄物や生活ゴミは通常より増加するが、回収の時期は不明であり、ゴミ対策は重要であった。
- 水を使用しない衛生材料、希釈不要な消毒薬含有クロスは有用であった。
- ラップ式トイレや循環式手洗いスタンドにより衛生環境は改善された。
謝辞
本論文の執筆にあたり、多くの方々にご支援をいただきました。ご協力いただいた皆様に感謝いたします。
■文 献
1) 石川県.半島地域の振興(能登半島地域の現況).https://www.pref.ishikawa.lg.jp/shinkou/hantou/index.html
2) 気象庁.令和6年1月1日16時10分頃の石川県能登地方の地震について.https://www.jma.go.jp/jma/press/2401/01a/202401011810.html
3) 気象庁.令和6年1月1日16時10分頃の石川県能登地方の地震について(第2報).https://www.jma.go.jp/jma/press/2401/01b/kaisetsu202401011810_2.pdf
4) 文部科学省.地震調査研究推進本部ホームページ.https://www.jishin.go.jp
5) 輪島市業務継続計画(地震災害対策編)平成29年6月.
6) 輪島市防災会議.輪島市地域防災計画―地震災害対策編―.令和4年12月修正.https://www.city.wajima.ishikawa.jp/docs/2014082600032/file_contents/zisin.pdf