*本記事は2025年6号掲載記事の再掲載になります。
特集1 感染対策の視点で考える災害発生時のための事業継続計画(BCP)
Summary
▶災害発生時、病院は物理的損壊のみならず、感染対策体制も大きな影響を受ける。感染対策チーム(ICT)は、平時の体制に加え、災害時の感染拡大リスクを想定した備えが求められる。本稿では、事業継続計画(Business Continuity Plan, BCP)に感染対策の視点を盛り込む意義とともに、CSCAによる指揮命令系統の整備、避難所対応、物資管理、外部支援との連携など、過去の災害を教訓に、ICTが担うべき具体的行動と準備について述べる。
Keyword:BCP、CSCA、避難所の感染対策
- BCP:医療施設の事業継続計画(BCP)は、災害時にも必要不可欠な医療サービスを提供し続けるための行動計画である。感染対策においては、断水・停電時の衛生管理、動線確保、外部支援の受け入れなど、ICTの視点が不可欠であり、BCPにおいて優先順位と手順の明確化が求められる。
- CSCA:CSCAは英国で確立された災害時の医療対応における基本的な指揮統制の枠組みである。感染対策にもこの概念を適用し、指揮命令系統や連携体制の確立、安全確保、情報伝達、継続的評価を行うことが、混乱を最小限に抑えた対応につながる。
- 避難所の感染対策:災害時、院内や敷地内に一時避難者が流入する可能性があり、また地域に設置される避難 所の感染対策への対応も必要となる。施設内のみならず地域の感染対策にもICTが関わることは災害関連死を防ぐ意味からも重要であり、ICTの関わりが求められる。
▶はじめに
「首都直下地震が発生!」「南海トラフ地震が発生!」。緊急地震速報が鳴り響いたとき、あなたはどのような行動をしますか? 地震の揺れが収まった後、診療業務はどうしますか? さて、ICTの業務はどうしましょうか。「感染対策をやっている場合ではない!」「外部傷病者のトリアージと治療へ専念」「いやいや感染対策もやらねば」、立場によってさまざまな思いがあることでしょう。
いつ何時遭遇するかもしれない大規模災害。私たち医療従事者には患者への医療提供を継続することが求められる。災害時には、病院の建物や設備だけでなく、人的資源や物流、情報システムといった医療提供の基盤が大きく揺らぎ、感染対策は後回しになりがちであるが、避難所と同様に、病院という空間でも災害時には感染症のリスクがむしろ高まることを認識する必要がある。ICTは、平時における院内感染対策のみならず、災害時の医療提供体制においても、重要な役割を担うべき存在である。普段の業務を継続するには、事前の準備がモノを言う。では、ICTとしてどのような準備が必要なのか、BCPに焦点をあてて説明する。
▶BCPと感染管理
まず、BCPについて、その基本的な考え方と策定の枠組みを確認しておく。BCPとは、災害や感染症のまん延、大規模停電など、通常業務が困難となる事態においても、医療機関として提供すべき医療サービスを可能な限り継続するための計画である。また、BCPは単体の文書にとどまらず、事業継続マネジメント(Business Continuity Management, BCM)という、継続的に計画を見直し改善していくサイクルと一体で運用されるべきものである。
厚生労働省や内閣府は、医療機関向けにBCP策定の指針やマニュアルを公表しており、2019年(令和元年)には「医療機関における業務継続計画(BCP)策定ガイドライン」が示された1)。このガイドラインでは、施設の機能、患者の重症度や優先度、代替手段の有無、人員配置の最小限体制などを考慮し、優先的に継続すべき業務とそのための資源を明確にすることが求められている。
BCP策定にあたっての基本的なプロセスを図1に示す。まず、大切なのが地域における施設の役割と方針である。一般病院と災害拠点病院とでは災害時の役割は異なってくる。介護医療院なども含めて、災害時にどのような役割を担うこととなるのかを認識し、その役割のなかで、感染対策をどのように継続していくか、あるいは新たなことに取り組んでいくのかを考えていく。災害時の環境で、継続すべき業務と新たに取り組むべき業務をトリアージし、その業務を行うために必要な人的資源および物的資源を管理しながら対応することが求められる。これらの対応は発災後にいきなりできるものではない。事前に検討して計画しておくことが要であり、それがBCP なのである。
図1 病院のBCP策定フロー(感染管理の視点も含めて)
このようなBCPにおいて感染対策の視点を組み込むことは、災害時においても安全・安心な医療を提供するために不可欠である。その話題に移る前に大切な考え方を次に提示する。
▶災害時の感染対策もCSCA が重要である
1995年の阪神・淡路大震災以降、日本の災害時医療体制は大きく整備が進んだが、その一助となっているのが英国のMIMMSが提唱する行動原則「CSCATTT」2)の導入である。詳細な説明は割愛するが、日本のDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)でも基本原則として取り入れられており、どのような機関・組織であっても、指揮と統制(Command & Control)、安全管理(Safety)、情報伝達(Communication)、評価(Assessment)というCSCAを確立してメディカルマネジメントを行ったうえで、トリアージ(Triage)、治療(Treatment)、搬送(Transport)のメディカルサポートを行っていく災害時の行動原則である。感染対策においても、この行動原則に基づいて災害時対応を行っていくことはきわめて重要であり、感染管理に携わるすべての方々が身につけておくべきであろう。災害時には通常の指揮系統が機能しにくくなる可能性があるため、感染対策を担うICTが現場の意思決定にどのように関与するかを、事前に整理しておく必要がある。
感染管理部門における災害時のCSCAの考え方について表1に例を示した。自施設の災害対策本部のCSCAとともに、感染管理部門においてもCSCAの確立を意識して平時からの備えを進めてほしい。
表1 大規模災害時における病院感染管理部門のCSCA例
▶災害時の医療施設における感染リスクの増大と対応の必要性
発災とともに、職員の欠勤やインフラの遮断、医療資源の枯渇、情報網の障害など「ヒト」「モノ」「情報」の欠如が必ず生じることとなる。これらの欠如により、平時行っている施設内の感染対策の実施が困難となるが、そこで発動すべきが先に述べたCSCAとBCPである。災害時の院内感染対策に関する指揮命令系統をしっかりと確立し、BCPに基づいて感染管理業務をトリアージして優先度の高い業務を継続する体制が発災直後から必要となる。一時的にできなくなった業務をできるだけ早期に再開することも考えなくてはならない。ICTが行っている感染管理業務のすべてについて、災害時にどうなるのか、どうするのかを事前に検討しておきたい。
図2には大規模災害発生を想定した感染管理業務の発災後からの取り組みについての例を示した。発災直後の超急性期に最優先で継続する業務から、時間の経過とともに徐々に再開していく業務まで、それぞれの施設のBCPと合わせて感染管理業務の復旧のロードマップを、災害対策本部下でICTが取り組んでいくことが大切である。災害の規模によっては感染管理について外部の支援を受入れることも考慮されるであろう。施設の診療継続のためにも、感染管理の視点から人的資源管理(スタッフのシフトや交代要員の配置)、物的資源管理(マスク、手指消毒薬、個人防護具(PPE)などの備蓄とルール変更)、情報管理(感染症発生状況の可視化や共有体制)という三つの柱を担うことが、ICT には強く求められるのである。具体的な対応については、このあとの特集2および特集3の大規模災害時の感染管理の実際をぜひ参考にしてほしい。
図2 大規模災害発生からの感染管理関連業務のBCP例
さらに、自施設の対応だけでなく、地域の感染対策支援が必要となることも考えておかねばならない。高齢者施設や避難所においては、環境衛生管理が脆弱であることから感染症がまん延しやすいのは言うまでもない。できるだけ早期から、感染対策の専門家が関わっていく必要性が高まっている。自施設のみならず地域の感染対策も念頭に置いて備えてほしい。
▶災害時の感染対策支援に関する日本の状況
災害時の被災地における感染対策の脆弱性を強化すべく、2016年熊本地震後に、厚生労働省防災業務計画において災害時感染制御支援チーム(Disaster Infection Control Team, DICT)の派遣が明記された3)。また、能登半島地震後の2024年には、DICTが厚生労働省委託事業として制度化され、地域や避難所支援の感染対策人材として位置付けられている4)。現在(2025年4月)、日本環境感染学会DICTと厚生労働省DICTの両輪での支援体制となっており、災害時はこの両DICTとの連携や支援要請を考慮した施設のBCPあるいは地域感染ネットワークのBCPの整備を進めてもらい、被災地域全体の感染管理体制のボトムアップが図られることを切に願うところである。
▶おわりに
医療施設の感染対策は、平時の体制だけで完結するものではない。災害という非日常のなかでこそ、その真価が問われる。ICTが防災とBCPにおける感染対策の視点を積極的に盛り込み、病院全体としてのレジリエンスを高めていくことが求められる。災害時の感染対策が国の制度として位置づけられた今、ICTに関わるすべての職種が垣根を越えて力を合わせ、次に起こり得る大規模災害に備えていくことが強く期待される。
■文 献
1) 厚生労働省.医療機関における業務継続計画(BCP)策定ガイドライン.2019,1‒28.
2) MIMMS 日本委員会訳.MIMMS大事故災害への医療対応―現場活動における実践的アプローチ 第3版.大阪,永井書店,2013,185p.
3) 厚生労働省.厚生労働省防災業務計画(令和4年3月修正).2022,1‒104.
4) 厚生労働省.令和4年度厚生労働省委託事業「災害時感染制御支援チーム(DICT)整備事業」報告書.2023,1‒85