*本記事は2024年5号掲載記事の再掲載になります。
第5回 『広域災害発生! 適切な「情報」の提供で震災関連死を防げ』
2024年1月1日、石川県能登半島で最大震度7の揺れを観測する地震が発生しました。建物の倒壊や津波の発生、地盤隆起や液状化現象により被害が広がり、最大3万人を超える方が避難を余儀なくされました。
しかし折悪くインフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時期であり、感染対策を講じることが困難な避難所での感染拡大が懸念されました。
過去に発生した東日本大震災や熊本地震における災害関連死のうち、約3割は肺炎・気管支炎などであり、5%前後が敗血症となっています[1]。それを少しでも減らすため、発災直後から活動してきたFETPの取り組みをご紹介します。
■感染症リスクアセスメント
災害に関連して感染症が増加することはよく知られています[2-4]。外傷に伴う破傷風、水害など環境の汚染に伴いレジオネラ症やコレラ、そして感染対策を十分にとりにくい環境でヒトが集まって過ごす避難所では、気道感染症や急性下痢症が広がりやすくなります。起こりうる感染症の発生を事前に想定することがその備えに有効な方策の一つですので、今回の能登半島地震についても国立感染症研究所(感染研)およびFETPにより感染症リスクアセスメントを行っています[5,6]。
まず、被災地域における過去の定点・全数報告などの発生状況をもとに季節などを考慮して対象疾患をしぼります。それらに対して、「①地域・避難所で流行する可能性」について上下水道などのインフラの稼働状況、避難状況から評価し、さらに各疾患の広がりやすさや対応の容易さなどを考慮した「②公衆衛生上の重要性の評価」を組み合わせてリスク評価を行い、地域における注意喚起をしました。
■避難所サーベイランス
さらに地域では実際にどのような感染症がどこで発生しているのか、タイミングよく捉えるサーベイランスが重要になります。ここで、災害時にはいくつか難しい問題が発生します[4]。医療機関から行われる感染症発生動向調査に関連する定点報告や全数報告は、医療機関が被災した場合には通常のように報告してもらうことが困難になります。また被災者が医療機関を受診できないと発生報告としてカウントできないので、リアルタイムに避難所や地域で発生している感染症の動きをキャッチできません。では、どうすればよいでしょうか?
それを解決する方策として、能登半島地震では「避難所サーベイランス」が活用されました。これは2011年に経験した東日本大震災のときにも使用されました[7]。発災後急性期の避難所では医療従事者による診療や検査は望めません。そこで、「発熱」「下痢」「かぜ様症状」などの非専門職でも判断可能な症状を主体とした報告をお願いします。
今回の震災では、大学、支援団体、自治体の協力と厚生労働省の調整のもと、避難所や救護所で症状・症候群や感染管理の状況などを一元的に集約することができました。また、従来FETPがアウトブレイク検知の方策として実施しているEBS(Event-based Surveillance)を、能登半島地震をターゲットにして、強化しながら行いました。こうした「災害時サーベイランス」に従来の感染症法にもとづくサーベイランスのデータを組み合わせ、地域の感染症発生状況の見取り図を描く作業をFETPが担ってきました。このデータは感染管理、診療、物資供与を担う支援団体や行政へ提供され、支援活動を進めるうえでの拠り所の一つとなりました。
災害では多くの「いつもの当たり前」が失われます。感染症のサーベイランスシステムもその一つです。感染症の迅速な探知は、避難所や地域の感染拡大を防いで災害関連死を避けるために欠かせません。従来通りのサーベイランスが機能しない状況下では、柔軟で、かつ迅速な情報収集と、それらをまとめ上げて疫学的に解析することが必要とされます。そして最も重要なのは現場や地域の方々のニーズに合わせて提供することです。FETPが実践している「実地疫学」はそうした場面でこそ生かされます。そして、災害時の学びを次の備えに生かすことが重要なミッションであると考えます。
■文 献
1) 内閣府.災害関連死事例集. https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/pdf/jirei_r5_05_01.pdf
2) JQAN. スフィアハンドブック2018. https://jqan.info/sphere_handbook_2018/
3) CDC. Infection Control After a Disaster. https://www.cdc.gov/disasters/infectioncontrol.html
4) 加來浩器.“第6章 被災地からの情報発信と被災地への情報提供 第1節 被災地における地域特有の感染症に関する評価と情報収集と提供”.大規模自然災害の被災地における感染制御支援マニュアル2021.環境感染誌.36(Suppl. Ⅰ),2021,S128-S132. http://www.kankyokansen.org/other/DICT_manual_gakkaishi.pdf
5) 国立感染症研究所.令和6年能登半島地震による石川県における被害・感染症に関するリスクアセスメント表. https://www.niid.go.jp/niid/ja/disaster/12509-saigaikiji-2-riskassessment.html
6) 国立感染症研究所.避難所におけるリスクアセスメントの方法・考え方について(解説).https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disasters/RAguidance20160419.pdf
7) 杉下由行ほか.東日本大震災時に実施された避難所サーベイランスの評価と今後に向けた準備.厚生の指標.62(11),2015,39‒44.https://www.hws-kyokai.or.jp/images/ronbun/all/201509-06.pdf