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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【連載】『感染症界隈』が苦手な人の会「抗菌薬と耐性菌」

*本連載は2018年2号本誌連載の再掲載記事になります。

今月の会のテーマ 抗菌薬と耐性菌

??会員からの質問

 熱傷患者の熱傷部位の表面を培養したら緑膿菌が検出されました。しかし、単なる保菌だろうということで、抗菌薬は開始されませんでした。カルバペネム系抗菌薬などで緑膿菌を消し去ったら、すっきりするのではないでしょうか?

ざっくり解説すると!!

  • 抗菌薬を不必要に使用すると耐性菌が発生する可能性が高まったり、耐性菌が蔓延する環境を作り出してしまいます。
  • 感染症を発症したときに抗菌薬を使用します。保菌に対して、抗菌薬で治療することはありません。

理解しておくべきキーワード

薬剤耐性菌 :薬剤耐性には、微生物が生来もっている耐性である「自然耐性」と、もともとは耐性ではなかったけれど、特定の条件によって後天的に耐性を獲得する「獲得耐性」があります(図1)。

インフェ2018年2号 感染症界隈 図1

図1 自然耐性と獲得耐性のイメージ

 耐性機構としては、緑膿菌のように「薬剤の取り込み阻害」、「取り込まれた薬剤の排出」、「薬剤の分解・修飾」、「薬剤標的部位の構造変化」、「バイオフィルムの形成」が組み合わさって多剤耐性になったり、ESBL(基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌やMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)のように耐性遺伝子を獲得することによって耐性化したりします。



保菌・定着 :皮膚や粘膜などに微生物が存在するけれども、感染症を発症することはなく、宿主の健康を脅かさない状況を「保菌」や「定着」といいます。「保菌」と「定着」は同義語ですが、その使用法が違います。「保菌」は人間側からみた用語であり、「患者が緑膿菌を保菌している」と表現します。「定着」は微生物側からの用語であり、「緑膿菌が患者に定着している」と使います。保菌は治療しません(図2)。

インフェ2018年2号 感染症界隈 図2

図2 発症と保菌のイメージ
元気な人から微生物が培養されても、保菌なので治療しない。肺炎や腎盂腎炎などの感染症を発症したときに治療する。



それでは、矢野が解説します!分かりにくかったらすみません

一寸の虫にも五分の魂

 生き物の生命を奪ってはいけません。たとえ、小さな虫でも意味なく奪うことはいけません。「一寸の虫にも五分の魂」などと言います。
 そうは言うものの、家のなかにゴキブリが出たとか、蚊が飛んでいるとか、ムカデが入ってきたとかいう場合には殺虫してしまうと思います。ゴキブリは食べ物を病原体で汚染させるかもしれません。蚊は日本脳炎やジカウイルスなどを人体に注入するかもしれません。ムカデは咬みつくかもしれません。ときどき、寝ているときに小さなムカデが耳に入ったということで、深夜に救急外来へ飛び込んでくる人がいます。これらの昆虫は、人体に害を及ぼす可能性があるので殺虫することが許されると思います。そのまま彼らを放置していたら、同じ家に住むわれわれの健康が脅かされてしまいます。

 一方、自宅の庭で草むしりをしていたら、アリの巣があり、アリたちが食物を一生懸命に運び込んでいたとしましょう。このアリを殺虫することはどうなのでしょうか?彼らは屋外にいるのであり、われわれの健康に何ら悪さをしません。そのため、これを殺虫することは「無駄な殺生」ということになります。
 われわれの健康に害を与える昆虫は殺虫してよいが、害を与えなければ殺生してはいけないという原則は、抗菌薬治療の世界にも持ち込むことができます。人間に定着しているだけの微生物ならば、何も悪さをしませんので、抗菌薬の対象にはなりません。しかし、菌血症や肺炎などの感染症を引き起こしている微生物については、実際に悪さをしているので治療すべきなのです。
 「培養したら微生物が検出されたので抗菌薬を投与した」というのは誤った対応です。「検出した微生物が感染症の原因菌の可能性が高いので抗菌薬を投与した」というのが適切な対応となります。

窮鼠猫を噛む 

 「窮鼠きゅうそ猫を噛む」という諺があります。これは、追い詰められたネズミが逃げ場を失ったとき、必死にネコに噛みつくことがあるという意味です。生物は生き残るためにはさまざまな努力をするのです。そのため、通常は勝てないネコに対して、ネズミが反撃して生き残ろうとするというものです。
 オーストラリアのタスマニア島にのみ生息する、タスマニアデビルについての興味深い記事がありました。これはイヌほどの大きさの夜行性の肉食有袋類で、絶滅危惧種に指定されている動物です。20年程前から伝染性の顔面腫瘍がタスマニアデビルの間で流行し、腫瘍の増殖によって餌をとることができなくなり餓死してしまうという問題がありました。お互いに咬みつくことによって、個体間で伝播したのです。致死率が100%近くであることから、タスマニアデビルは絶滅するであろうと思われていました。しかし、20年の間に遺伝子変異を起こし、適応進化し、死なない個体が発生してきたのです。これも生物の生き残りの手段と思います。
 このように動物は生存が危うくなると、それに立ち向かうという習性があります。同様に、微生物も抗菌薬が存在すると、耐性という手段をとって生き残るのです。
 ネズミはネコを咬んで、ネコがひるんだときに脱出できます。タスマニアデビルは遺伝子進化によって顔面腫瘍による絶滅から逃れます。微生物は耐性化して抗菌薬から逃れるのです。ネコがネズミを追いかけなければ、ネズミはネコを咬みません。顔面腫瘍が流行しなければ、タスマニアデビルは腫瘍に対する遺伝子変異をしません。そして、抗菌薬が投与されなければ、微生物は耐性化しないのです。
 微生物は追いつめてはいけません。発症したときにのみ抗菌薬を使用するのです。よって保菌では抗菌薬を使用しません。また、抗菌薬を投与せずとも免疫などの抵抗力によって自然治癒する場合にも使用しないのです。

あれ?うまくいかないときはどうすればいい?

抗菌薬の適正使用を進めるためには?  褥瘡の表面を擦って培養したところバチルス属が検出されたから抗菌薬を投与したとか、熱傷部分を培養したら緑膿菌が検出されたからカルバペネム系抗菌薬での治療を開始したなどということを聞くことがあります。微生物の存在が判明すると、抗菌薬治療をしたくなってしまうのです。これは「患者がこの微生物による感染症で生命を落としたら大変だ!」という善意の対応なのです。誰も、「わざと耐性菌を作り出してやろう!」などと思いません。「感染症を引き起こしている病原体は治療するが、保菌は治療の対象にならない」という大原則をジワリジワリと啓発していくことが大切です。


インフェクションコントロール34巻12号表紙

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