矢野邦夫先生に「野良猫と狂犬病」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
*INFECTION CONTROL34巻12月号の掲載の先行公開記事となります。
「野良猫と狂犬病」
米国メリーランド州の野良猫コロニーで狂犬病が発生し、3人の曝露者が曝露後予防投与(postexposure prophylaxis, PEP)を受け、感染は回避された。この事例についてCDCが詳細に報告しているので紹介する[https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/pdfs/mm7431a2-H.pdf]。
管理されていない猫コロニーにおける狂犬病発生と調査の概要
2024年8月、米国メリーランド州セシル郡において、都市部のホテル周辺に存在する管理されていない猫コロニーで狂犬病陽性の猫が確認された。攻撃的行動を示した猫が2人の住民を咬傷・搔傷し、安楽死後の検査にて狂犬病ウイルス陽性が判明した。同一コロニー内には異常行動を示す子猫も観察され、コロニー内での感染拡大が懸念された。本件は州保健局、郡保健局、動物管理局、CDCが連携し、広範な接触者調査とPEPを要した事例である。
調査では、猫が臨床症状を呈する10日前から捕獲までの期間を感染可能期間と設定し、7月29日~8月13日の間に接触の可能性がある者を対象とした。対象者は①ホテル宿泊客と職員、②ホテル周辺で生活するホームレス、③近隣住民の3群に区分された。ホテル宿泊記録により米国27州とカナダからの滞在者を含む309人が潜在的曝露者として特定され、197人(63.8%)がリスク評価を受けた。最終的に3人が曝露ありと判定され、全員がPEPを受けた。曝露者は咬傷・搔傷を受けた2人と、周辺で生活していたホームレス1人であった。
公衆衛生対応と資源投入の実態
今回の調査では多様な手段が動員された。地元住民への周知にはリバース911と呼ばれる緊急メッセージ配信が活用され、ホームレス支援チームや地域の信頼されるパートナー組織が調査に協力した。また、カナダを含む州外の保健当局とも情報共有がなされ、国際的な対応体制が整備された。29管轄区域が関与し、報告された人的労力は450時間に及んだ。
並行して動物対応も行われ、コロニーから追加で3匹の猫が捕獲・安楽死され検査を受けたが、いずれも陰性であった。近隣住民や農場関係者からの情報提供により、コロニーの規模や飼育実態についても把握が進められた。これらの活動は地域社会の協力なしには成立せず、特に脆弱な集団へのアウトリーチ(こちらから対象者に積極的に出向いて支援・情報提供を行う活動)においては、既存の信頼関係を有する団体の関与が不可欠であった。
公衆衛生上の示唆と今後の課題
米国では毎年200~300件の猫の狂犬病症例が報告されており、猫は最も頻繁に狂犬病と診断される家畜動物である。とりわけ野良猫や管理されていない猫コロニーに属する猫は、野生動物との接触を通じて感染するリスクが高く、かつ人間が容易に接触するため、曝露の可能性が野生動物よりも高い。米国における狂犬病曝露後のPEP関連費用は年間約3,300万ドルに達すると推計されており、経済的・人的負担は大きい。
今回の事例は、管理されていない猫コロニーが地域社会にとって重大な公衆衛生リスクであることを改めて浮き彫りにした。管理型コロニーにおいては避妊去勢やワクチン接種を通じて感染対策が図られるが、管理されていない猫コロニーでは繁殖が持続し、リスクが長期化する。したがって、住民への啓発活動と並行して、地域社会を巻き込んだコロニー管理プログラムを推進することが不可欠である。
結論として、都市部における猫コロニーの適切な管理と、曝露時の迅速かつ包括的な対応体制の整備が、公衆衛生の安全確保において今後一層重要となる。
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*INFECTION CONTROL34巻12月号の掲載の先行公開記事となります。
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