和田耕治先生(国立健康危機管理研究機構(JIHS)危機管理・運営局 危機管理参事 次長 )、國土典宏先生(同理事長)、武井貞治先生(同理事)に「国立健康危機管理研究機構の設立と今後の展望」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
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国立健康危機管理研究機構の設立と今後の展望
はじめに
2025年4月1日、国立国際医療研究センター(National Center for Global health and Medicine, NCGM)と国立感染症研究所が統合され、「国立健康危機管理研究機構」(Japan Institute for Health Security, JIHS[ジース])が設立された。JIHSの設立については、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを受け、2020年10月6日の自由民主党政務調査会で小委員会から提言がなされたことから始まっている。2022年6月15日には岸田内閣総理大臣が新機構の設立を表明された。2023年5月に設立のための国立健康危機管理研究機構法が成立した。
両組織は、東京都新宿区戸山において30年以上にわたり隣接しており、これまでもCOVID-19や薬剤耐性菌などさまざまな研究や事業にて連携を行ってきた。統合を機に、基礎、臨床、そして創薬、公衆衛生対応を含めた「感染症総合サイエンスセンター」をめざす[1,2]。
JIHSでは、ミッションとビジョンを次のように示している[3]。
ミッション JIHSの使命
感染症をはじめとする健康危機に対して安心できる社会を実現する。
ビジョン JIHS の将来像
世界トップレベルの感染対策をけん引する「感染症総合サイエンスセンター」として、基礎、臨床、疫学、公衆衛生にわたるすべての領域研究を統合的に推進し、最先端の医療と公衆衛生対策を提供する。
新機構のロゴ
新機構のロゴについて紹介する。外側の円は国立感染症研究所を象徴する“シャーレ”およびNCGM を象徴する“地球”を、内側の赤い円は日本の国立機関であることを象徴する“日の丸”を表現した。クロスした十字のラインもまた、それぞれの組織を表し、統合による感染対策の発展への決意と願いが込められている図1。
図1 国立健康危機管理研究機構のロゴ
新機構の4つの機能
新機構の機能としては、次の4つがあげられている。
① 情報収集・分析・リスク評価機能(Disease Intelligence)
サーベイランスや情報収集・分析の実施、国内外の関係機関との協働・連携により、感染症インテリジェンスにおけるハブとしての役割を担う。科学的知見を政府に迅速に提供するとともに、国民に分かりやすい情報提供を行う。
② 研究・開発機能(Research, Development and Innovation)
平時より世界トップレベルの研究体制を確保し、基礎研究、シーズ開発から臨床試験まで戦略的に進められる組織をめざす。感染症危機の際には、国内外の機関などと連携し、臨床試験を含め研究開発のネットワークハブとして迅速に対応する。
③ 臨床機能(Comprehensive Medical Care)
感染症危機にJIHSのもつ機能を十分に発揮するためには、高度な臨床能力が不可欠である。そのため、NCGMが担ってきた総合病院機能を引き続き備え、さらに高めていくことにより、人々の健康を守る。
④ 人材育成・国際協力機能(Human Resource Development, International Cooperation)
産官学連携や国際的な人事交流などを通して、医療従事者・研究者・公衆衛生実務者など多様な専門家の育成・確保に努める。また、グローバルヘルスに貢献する国際協力を進める。
このように新機構では、国民の生命や健康に重大な影響を与える恐れがある感染症が発生した際には、科学的知見を内閣総理大臣(内閣感染症危機管理統括庁)および厚生労働大臣(感染症対策部)に提供する。また、疫学調査から臨床研究、病原体の収集、検査、保管や地方衛生研究所などとの支援や連携を行えるように体制を整える。
これまでの2つの組織の沿革
NCGMは、1945年に国立東京第一病院となり、その後は、1993年に国立国際医療センター、2008年に国立国際医療研究センターとなった。病院の起源は、1868年に戊辰戦争傷病者のための兵隊仮病院として発足した。その後、陸軍本病院となり、現在の場所(新宿区戸山)には1929年に移転した。その歴史のなかで、森鴎外は1907年から1916年まで、陸軍軍医総監であったが、1881年に陸軍軍医副(中尉相当)として病院にも勤務されていたと記録にある。
また、2001年には東京都清瀬市に国立看護大学校が設立され、卒業生の約90%が6つのナショナルセンターに入職している。また、国立国府台医療センター(旧 国立国際医療研究センター国府台病院)も歴史は古く、1872年に東京教導団兵学寮病室として設立され、国府台陸軍病院を経て戦後は国立国府台病院、2008年に国立国際医療研究センター国府台病院となり、NCGM の2つ目の病院となった。さらに、1920年結核患者のために東京市療養所として建設された国立中野療養所は国立療養所中野病院を経て1993年に廃院となり国立国際医療センターに統合された。
国立感染症研究所は、1947年に国立予防衛生研究所(予研)として設立された。その後、1992年に現在の場所(新宿区戸山)に移転され、1997年に国立感染症研究所となった。また、1961年にワクチン検定庁舎(村山分室)が新築され、1981年にBSL(バイオセーフティレベル)4対応の実験室も完成した。組織のルーツは1892年に北里柴三郎先生が設立された、大日本私立衛生会附属伝染病研究所にあり、1916年に東京帝国大学附属伝染病研究所(伝研)となった。
これからの組織運営
これまでの組織は事業部門として、一部名称の変更はあったものの、国立感染症研究所、国立国際医療センター、国立国府台医療センター、国立国際医療研究所、国際医療協力局、国立看護大学校、臨床研究センターが国立健康危機管理研究機構の傘下として運営される図2。
図2 国立健康危機管理研究機構の組織図
また、この機会に統括部門が設置され、危機管理・運営局、総合研究開発支援局、医療提供支援局、人材育成局、システム基盤整備局が新設された。それぞれの局に部が新設され、組織をまたいで連携を行うこととなった。
臨床機能は、感染症対応機能、とりわけ救急医療機能の強化を図る。今後、協定を締結予定の医療機関などとの連携関係を構築し、新機構を感染症対応における全国の地域医療提供体制の中心に位置付ける。加えて、厚生労働省の災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team, DMAT)事務局も国立病院機構災害医療センターから移管された。
また、災害時感染制御支援チーム(Disaster Infection Control Team, DICT)は、災害発生時に被災地の避難所などにおける感染症対策の支援に取り組む支援チームである。厚生労働省では、平時からの関係機関との連携を強化し、災害発生時に迅速かつ効果的に避難所などにおける感染対策の支援を行うため、2024年10月1日に、厚生労働省の委託事業としてDICT事務局をNCGM(現 国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター)内に設置した[4]。
今後は、災害時に同一の組織においてDMATとDICTが連携して活動することが求められている。
医薬品医療機器の開発に向けて
COVID-19のパンデミックを振り返り、今回の統合に期待されていることとして、医薬品やワクチンを含めた研究開発を促進する基盤と臨床試験ネットワークの中核化がある。
平時からの国内外の多施設共同治験などのネットワーク構築がすでに始まっている。国内においては、感染症臨床研究ネットワーク(infectious Disease Clinical Research NetwOrk With National Repository, iCROWN)事業として、医療機関や自治体などと連携し、多施設で感染症の臨床研究を実施できる体制を整えている[5]。従来の新興・再興感染症データバンク事業ナショナルリポジトリ(REpository of Data and Biospecimen of INfectious Disease, REBIND)は本事業に包括される形でリポジトリを継続する。
国立感染症研究所内では、従来の治療薬・ワクチン開発研究センターを、2025年4月から、ワクチン開発研究センターと治療薬開発研究部と改組した。産業界とも連携し、新たな感染症危機においてワクチンや薬、診断薬の開発が迅速に進められるように機能を拡充していくこととなる。
【引用・参考文献】
1) 厚生労働省.国立健康危機管理研究機構準備委員会.国立健康危機管理研究機構の創設に向けて~感染症に不安のない社会を実現するために~https://www.mhlw.go.jp/content/10600000/001248419.pdf
2) 厚生労働省.T-VISION.https://www.mhlw.go.jp/content/10600000/T-VISION.pdf
3) 国立健康危機管理研究機構.https://www.jihs.go.jp
4) 厚生労働省. 災害時感染制御支援チーム(DICT).https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkakukansenshou/dict.html
5) 国立健康危機管理研究機構.感染症臨床研究ネットワーク(iCROWN)事業について.https://rebind.ncgm.go.jp/

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*INFECTION CONTROL34巻10月号の掲載の先行公開記事となります。
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