*本連載は2017年11号本誌連載の再掲載記事になります。
??会員からの質問
手術によって使用する予防抗菌薬が異なりますが、その理由がよく分かりません。乳がんや胃がんの手術などではセファゾリンが選択されるのに、大腸がんの手術などではセフメタゾールが使用されます。どうしてでしょうか?
ざっくり解説すると!!
- 手術部位感染の予防抗菌薬は組織の無菌化を目標にするのではなく、術中汚染による細菌量を宿主防御機構で制御できるレベルまでに下げるために用います。
- 予防抗菌薬は切開部分に生息している常在細菌叢に焦点を合わせて選択します。術後感染の原因菌をターゲットとしません。
- 通常は黄色ブドウ球菌、連鎖球菌、大腸菌、肺炎桿菌などに有効なセファゾリンが使用されます。
- 大腸や腟・子宮頸内膜には嫌気性菌が多く生息しているので、これらの部位の手術では嫌気性菌にも有効なセフメタゾールが選択されます。
理解しておくべきキーワード
清潔創・準清潔創・不潔創・汚染−感染創
:「清潔創」は炎症のない非汚染手術創であり、呼吸器、消化器、生殖器、尿路系の手術は含まれません。「準清潔創」は呼吸器、消化器、生殖器、尿路系の手術や著しい術中汚染のない手術の創をいいます。「不潔創」は腸管穿孔や交通事故の開放創のように創部が汚染している手術創です。「汚染−感染創」は壊死組織が残存していたり、臨床的に感染症がみられたりしている創部のことです(図1)。
図1 「 清潔」「準清潔」「不潔」「汚染−感染」のイメージ
予防抗菌薬
:予防抗菌薬は手術部位感染を新しく引き起こさないように投与されます。そのため、「すでに感染が引き起こされている創部」や「壊死組織が残存している創部」には予防抗菌薬を使用しません。
したがって、予防抗菌薬は清潔創および準清潔創で投与すると考えてください。不潔創や汚染−感染創では、治療的に抗菌薬を投与します(図2)。
図2 予防抗菌薬と治療的抗菌薬
それでは、矢野が解説します!分かりにくかったらすみません
ケーキと焼肉
誕生日やクリスマスなどでケーキをケーキナイフで切り分けることがあります。このとき、ケーキが崩れないように、いろいろな努力がなされています。ナイフを温めるときれいに切れる、などとインターネットではさまざまな情報が飛び交っています。子どもたちは、自分のところに型崩れしていない綺麗なケーキ(できれば、大きいケーキ)が来ることを期待しています。
ケーキを切ると、どうしても、ケーキの上にのっているクリームがナイフに付着して、スポンジ部分に入り込んでしまいます。こういったことはよくあることで、分厚いステーキをナイフで切るときも、ステーキの表面の肉汁が切り口の内面に入り込んでしまいます。このように何かをカットするときには表面に付着しているものがナイフに付着してなかに入り込んでしまうのです。
手術のときもこれらと同様です。手術前には消毒薬にて皮膚を念入りに消毒しますが、そこが滅菌されるわけではありません。ごく少数の微生物が残存しているはずです。これが切開のときに、メスに付着して体内の無菌組織に入り込んでしまうのです。特に、腸管や気道などを切るときには、その粘膜部分に付着している常在菌がメスに付着して組織内に入り込んでしまいます。皮膚は手術前に消毒しますが、腸管や気道の粘膜は消毒されていません。このようなことから、皮膚、腸管、気管・気管支などを切るときには、そこに生息している微生物が無菌組織に入り込むと考えるべきなのです。
それでは、抗菌薬は何を選択すればよいのでしょうか?ケーキの場合にはクリームに有効なもの、ステーキの場合には肉汁に有効なものの使用を選択します。手術の場合には、切開する部分に生息している微生物に有効なものということになります。
皮膚には黄色ブドウ球菌や連鎖球菌が付着しています。上部消化管は大腸菌や肺炎桿菌が生息しています。そのため、抗菌薬の選択としては、それらに有効なセファゾリンが選択されます。一方、大腸や腟・子宮頸内膜には嫌気性菌が多数存在しています。そのため、そのようなところを切開するような手術では嫌気性菌にも有効な抗菌薬(セフメタゾールなど)を選択します。
多勢に無勢
「多勢に無勢」ということわざがあります。その意味は「相手の人数が多いのに対して、自分側は人数が少ないので、勝ち目がない」といった意味です。自分側の数が少なく、相手の人数が多いと、心細くなってしまうことはよく経験することです。
就職時の面接試験を思い出してください。面接するからには合格するために服装の準備や面接での会話内容の準備、さらには心の準備も十分にしなければなりません。そのため、ネットでは「面接に成功するためには」などという情報が多数挙がっています。そのようにして、十分に準備して挑んだ面接会場に入ったとき、面接官が10人も座っていたら、どう思いますか? 1対10ですよ! 相手が多いと精神的なプレッシャーがかかってきますね。面接官が1〜2人であれば、プレッシャーは少なくなりますが、10人を超えてくると精神的に相当な圧力がかかってきます。このようなプレッシャーは会社での団体交渉のときにもみられることがあります。団体交渉で組合側が意図的に大勢で押しかけると、会社側が数人の場合には多勢に無勢となります。そうすれば、会社側は意見を言いづらくなるであろうという戦略です。
このような「多勢に無勢」の戦略を採用しているのが、手術部位感染での予防抗菌薬の投与のタイミングなのです。メスが切開部位に入り込む時点で組織の抗菌薬が最大濃度に達するように、手術開始の30〜60分前に投与します。すなわち、病原体がメスとともに体内に入り込んだときには、そこには大量の抗菌薬が待ち構えているという構図となっています。組織に侵入してきた細菌が増殖して仲間を増やす前に叩いてしまおうということなのです。侵入細菌がわずか10匹程度ならば、そこに待ち構えている大量の抗菌薬が細菌を確実に仕留めるでしょう。しかし、細菌が組織に侵入して何時間も経過してから、抗菌薬がその部分に到達するようであれば、細菌に増殖の時間を与えてしまいます。そうなると、「多勢に無勢」ということにはならないのです。
あれ?うまくいかないときはどうすればいい?
予防抗菌薬の投与のタイミングは? 手術後発熱の熱源検索はどうすればいい?
予防抗菌薬は切開前の1時間以内に投与を開始しますが、バンコマイシンおよびフルオロキノロン系薬は切開前の2時間以内に投与を開始します。これらが適切に実施されていることを確認しましょう。
また、手術後の患者が発熱した場合の熱源検索では一般的に「FiveWs(5つのW)」を考えます。Wind(肺炎、吸引、肺塞栓)、Water(尿路感染症)、Wound(手術部位感染症)、Walking(深部静脈血栓症)、Whatdidwedo?(薬物、輸血、カテーテル挿入)です。これらは発熱を引き起こすことがある合併症なので一つひとつ除外していきます。ただし、無気肺があってもWindに含めないでください。ほかに真の熱源があるからです。

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