無痛分娩のリスクは麻酔のリスクだけではありません。妊婦さんからの痛みの訴えが少ない中で「異常に気づく力」が現場には求められています。
東京と大阪で開催が決まりました「無痛分娩時の産科トラブル」セミナーでは、無痛分娩における産科的なリスクの知識と、いざという時に助産師・看護師が行う初期対応を学べるプログラムにて構成しました。
講師を務めるハシイ産婦人科院長の橋井康二先生から、助産師や看護師のみなさんにむけた特別なメッセージをいただきました。
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こんにちは、産婦人科医の橋井康二です。私は普段、J-CIMELS(日本母体救命システム普及協議会)の活動を通じて、全国各地で母体救命のためのコースを開催しています。私の施設でも、毎月J-CIMELS関連のコースを実施していますので、このメッセージを読まれている方の中には、私とお会いした方もいるかもしれません。
今回のセミナーでは、特に無痛分娩を導入している施設のスタッフの皆さんに、そのリスクについて理解を深めていただきたいと思い、講師をお引き受けしました。
麻酔薬が効きすぎることによって全脊麻となり呼吸ができなくなったり、局所麻酔薬による中毒でショック状態に陥ったりするリスクがまずあります。
さらに、鎮痛によって痛みが取れることには良い面もありますが、常位胎盤早期剥離や子宮破裂、分娩前後の血腫などの異常を見つけにくくなるというデメリットもあります。
加えて、患者さんの痛みを完全に取り除こうとして麻酔薬の使用量を増やすと、陣痛が弱まって陣痛促進剤の使用頻度が高くなります。子宮頸管が熟化していない段階で促進剤を使い続けると、子宮破裂のリスクが高まることは皆さんもご存知かと思いますが、さらに注意が必要なのが「羊水塞栓症」です。子宮口が熟化していない状態で長時間陣痛促進剤を使い続けると、子宮内圧が非常に高くなり、羊水内の胎児成分が母体の毛細血管に入り込むことで、「子宮型」や「心肺虚脱型」の羊水塞栓症が引き起こされると考えられています。実際、過去10年ほどの間に無痛分娩中に亡くなられた妊婦さんの中には、陣痛促進剤の影響で羊水塞栓症を発症し、命を落とされた方が少なくありません。無痛分娩の麻酔とは関係なく、陣痛促進剤によってこうしたリスクが高まっているという点にも注意が必要です。
陣痛が弱くなり、腹圧もかけにくくなることで、鉗子分娩や吸引分娩といった器械分娩が増加し、それに伴って大きな会陰裂傷や腟裂傷が起こったり、頸管裂傷から血腫を形成したりするケースもあります。本来であれば、妊婦さんの「痛い」という訴えで気づけるはずの異常が、麻酔がかかっているがゆえにショック状態になるまで発見できず、対応が後手に回り、予後が悪化することもあるのです。
このように無痛分娩には、麻酔薬に起因するリスクだけでなく、子宮頸管が熟化していない状態での過剰な陣痛促進剤の使用、腹圧がかかりにくいことによる器械分娩の増加など、複数の要素が絡み合ったリスクが存在します。こうした多角的な視点を持たないと、適切な対応は難しいのです。
J-CIMELSのベーシックコースを受講された方であれば、これらの対応は基本的にできるはずです。しかし、麻酔によって痛みがない状態では、初期の異常を察知するのがどうしても遅れがちになります。麻酔の効き具合を的確に見極める、陣痛促進剤を使うのであれば、痛みの強さを頻繁にチェックする、そうした基本的な対応の積み重ねが大切です。
そして、羊水塞栓症の初期症状を思い出してください。呼吸、心拍数、血圧、意識レベルなどを、普段のお産以上に丁寧にモニタリングする必要があります(もし忘れている部分があるようなら、J-CIMELSが発行している「母体急変時の初期対応」という赤いテキストを、ぜひもう一度読み返してみてください)。麻酔によって、急変の感知や初期対応は難しくなります。そのことを、このセミナーを通して改めて意識していただければと思っています。
母体のために痛みを取ってあげることは、とてもいいことだと思います。ただ、その一方で、いくつかのリスクが伴うという事実も、ぜひ知っていただきたいのです。多くの妊婦さんは「無痛=楽」として考えている場合があります。だからこそ、妊婦さんのすぐそばで寄り添っている助産師や看護師にこそ、急変への気づきと迅速な対応をお願いしたいと思います。その対応で救える命があるはずです。
セミナーでは、こうしたリスクについて、私が現場で経験してきたことも交えてお話しする予定です。座学だけでなく、実際のシナリオを取り入れていく予定です。ぜひご参加いただき、私たちと一緒に学びましょう。
皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
会場セミナー ←★★詳細はこちらから★★
- 東京会場:8月30日(土) 13:00 〜 16:30 飯田橋レインボービル
- 大阪会場:9月12日(金) 13:00 〜 16:30 ニッセイ新大阪ビル
<プログラム>※適宜休憩をはさみます。
- ●無痛分娩の現状を理解する
国内外の普及率、産婦の選択肢、リスクと安全性について解説
●シナリオ① 激しい痛み…麻酔が効いてない?あれっ?!出血?!
子宮破裂
無痛分娩中の超緊急事態に備える:痛みの訴えの見極め、麻酔の効果判定(痛覚チェック)
●シナリオ② 息苦しい・・・あれ、意識が?えっ?!心停止?!
羊水塞栓症
計画無痛分娩時に特に注意したいこと:陣痛促進剤使用時の観察ポイント
●お母さんの命を守るのはこの2つ:マスク換気・胸骨圧迫
知識はあるけど…正しく使える?実技トレーニングできてる?
●質疑応答
講義への質問、日ごろの疑問、ここで解決してください
以上