柴田綾子
「おぎゃ~~~~‼」“な、なんじゃこりゃ~‼” 医学生になり、はじめてお産を見学したとき、女性のお腹の中からヒト(赤ちゃん)が出てくる光景は、信じられないほどの驚きに満ちていた。ついさっきまで痛みに耐えて大声で叫んでいた女性が、涙を流しながらニコニコして「こんな可愛い子がお腹の中にいたなんて信じられない」と言った。“奇跡”。これを奇跡と呼ばずしてなんと表現しようか。医学部で学んできたことは「医療技術で病気をコントロールする」知識だった。しかしお産の現場では、医療技術をはるかに超越した“自然の力”があった。「お産をもっと勉強したい」、そう思って産婦人科の世界へ飛び込んだ。
あれから15年。毎日、“自然の力”を痛感している。陣痛促進薬を使っても、お産が進行しない方の横で、自然に陣痛がきた方が1 時間で分娩に至った。早産予防のために子宮収縮抑制薬を使っても、陣痛がきて早産になってしまう方がいた。早産期に破水してしまった方が、何週間も無事に過ごして元気に出産された。悲しいお産もたくさん経験した。不妊治療後の念願の妊娠が途中で流産になってしまった方。赤ちゃんが子宮外で生きられる週数になる前に破水してしまい、泣く泣く中絶を選んだ方。赤ちゃんが子宮内で育たず、帝王切開が必要になり、涙を流しながら手術室に向かった方。血圧が高くなってしまい、呆然としながら緊急帝王切開に運ばれた方。子宮内で胎盤が剝がれてしまい、低酸素脳症の赤ちゃんと向き合う家族。なんと15年経っても、まだお産は分からなかった。
今日も助産師さんと一緒に考える。
「どうやったらお産が上手く進むだろうか」
「赤ちゃんの回旋がどうやったら直るだろうか」
「お母さんと赤ちゃんにとって“最善な選択”はどれだろうか」
「どうか、どうか、お母さんと赤ちゃんが無事で生まれてきてください」
そう、15年経っても最後は“祈る”しかない。これがお産の魅力である。
本記事は『ペリネイタルケア』2025年8月号の連載Rootsからの再掲載です。
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