第6回 おいしいジビエにはやつがいる
*本連載は2019年1月号~12月号の本誌連載の再掲載記事になります。
*本記事の無断引用・転載を禁じます。
患者の特徴
60代男性、肺がん術後の患者。受診の半年前から咳嗽と喀痰を自覚しており外来を受診。採血で好酸球増多と胸部X線検査異常を認めた。当初、肺がんの再発が疑われたが、喀痰検査で虫卵を認めた(図1)。追加で問診を行うと、頻回の中国への渡航歴と現地での淡水産カニの喫食歴があった。

さてこの寄生虫は…?
◎肺吸虫症
日本で肺吸虫症の原因となるのはウェステルマン肺吸虫症と宮崎肺吸虫であり、いずれも生もしくは加熱不十分な淡水産カニ(中間宿主)あるいはイノシシ肉(待機宿主)を摂取することで感染する食品媒介性寄生虫症である(図2)。本虫の分布地は、アジアを中心にラテンアメリカやアフリカに存在し、日本も分布地のひとつである。日本における患者の発生は、九州で最も多く、ついで関東である。日本人患者だけでなく、海外の流行地から来日した在日外国人の症例も多い。

啓発の必要性
肺吸虫に感染すると、虫体が腸管から胸腔・肺に移行してさまざまな呼吸器症状を引き起こす。しかし、肺吸虫症に特徴的な症状はなく、しばしば肺がんや肺結核などその他の疾患と間違われることもある。日本国内で発生している正確な肺吸虫症の患者数は不明であるが、恒常的に報告が散見されることや近年のジビエブームを顧みると、食品の汚染と肺吸虫症の危険性について啓発する必要があると思われる。
“寄生虫界のマドンナ”として感染症医の間で知られている元宮崎大学医学部寄生虫学教室(現公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院)の中村(内山)ふくみ医師にお話を伺った。
◎宮崎県における肺吸虫症の歴史
宮崎県では、肺吸虫症は“肺ジストマ”の名称で広く知られている。肺吸虫症が致死的な経過を辿ることはまれであるため、多くの地域住民にとっては薬を飲んだら治るというくらいの認識のようである。そのような背景もあってか、残念ながら現代でも完全な制圧には至っていない。
1970年代に小児の肺吸虫症が結核と混同される症例が相次いだために、集団検診と治療およびカニ(モクズガニ、サワガニ)の生食を避ける啓発がなされ、その後一旦報告が減った。しかし1990年代より再び中年男性を中心に報告が増えている。これは、イノシシ肉やシカ肉を酒の肴として生食することが原因であるという。実際に、宮崎県の各所ではイノシシ肉やシカ肉を簡単に購入することができ(図3)、いわゆるジビエの生食に対する啓発が進んでいない。

◎肺吸虫症の早期発見と予防のために
肺吸虫症を疑うポイントとしては、好酸球増多症と胸部X線検査異常がある。この2つがあれば、肺吸虫症を疑い関連する喫食歴を聴取する。中村医師の研究では肺吸虫症患者の2割が呼吸器症状を呈さなかったため、呼吸器症状がなくとも、肺吸虫症を否定してはいけない。
予防のためには、リスクのあるカニやジビエを生で食べないことである。また、カニを調理した際の包丁、まな板などを介して経口摂取することでも感染するため、これらを調理した後は器具を十分洗浄することが大切である。

⇧最新情報は こちら から