*本連載は2017年4号本誌連載の再掲載記事になります。
??会員からの質問
救急外来などで、急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎の患者が受診すると、必ず抗菌薬を処方する医師と、原則的に処方しない医師がいます。どちらが正しいのでしょうか?咽頭痛や咳嗽で苦しんでいる患者が受診しているので、抗菌薬は必要と思います。
ざっくり解説すると!!
- 急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎の患者には原則的に抗菌薬は必要ありません。細菌が原因病原体となっていることがほとんどないからです。
- 急性咽頭炎で抗菌薬が必要なのは、A群溶血性連鎖球菌が原因のときのみです。
これは成人の急性咽頭炎の5~15%を占めているにすぎません。 - 急性鼻副鼻腔炎の原因病原体のほとんどがウイルスです。細菌感染症を合併するのはわずか0.5~2.0%にすぎません。急性鼻副鼻腔炎の原因病原体のほとんどがウイルスです。細菌感染症を合併するのはわずか0.5~2.0%にすぎません。
- 急性気管支炎もほとんどがウイルスによるものです。時々、膿性喀痰を喀出する患者がいますが、これは気管や気管支から細胞が抜け落ち、それに炎症細胞が加わったものです。細菌感染症ではありません。
理解しておくべきキーワード
センター・スコア
:センター・スコア(Centor score)は急性咽頭炎の原因病原体がA群溶血性連鎖球菌である可能性を推定するスコアのことです。「扁桃の滲出液」「痛みを伴う前頸部のリンパ節腫大」「現病歴にて発熱あり」「咳嗽がない」の4項目のうち、4項目すべてを満たすとA群溶血性連鎖球菌が原因菌である可能性は60%です。そして、3項目を満たせば40%、2項目で20%、1項目で5%程度となります(図1)。そのため、米国疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention,CDC)は2項目以上を満たした場合にA群溶血性連鎖球菌の迅速抗原診断検査を実施することを勧めています。項目数が0~1のときには迅速抗原診断検査も抗菌薬も必要ありません。
図1 模擬試験による合格の推定確率
4問中4問正解ならば60%の合格予想!3問正解ならば40%、2問で20%であるが、1問のみの正解ならば合格予想が5%程度なので受験しない方がよいでしょう。
連鎖球菌 :グラム陽性球菌の一つ。ヒトに病原性を示す主な連鎖球菌として、ストレプトコッカス・ピオゲネス(A群溶血性連鎖球菌)、ストレプトコッカス・アガラクティエ(B群溶血性連鎖球菌)、ストレプトコッカス・ニューモニエ(肺炎球菌)などがあります。特徴は異なります(図2)。A群溶血性連鎖球菌の病原性は黄色ブドウ球菌よりも強く、扁桃炎や蜂巣炎のほかに、猩紅熱や丹毒といった特殊な感染症を引き起こします。
図2 れんさ家の姉妹
同じ苗字の姉妹でも性格や容姿はさまざま!
それでは、矢野が解説します!分かりにくかったらすみません
急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎の患者に抗菌薬を処方するのは、「ウインドウショッピング」で「財布を出していいとき」のようなもの、といえます。
ウインドウショッピング
百貨店や地下街の店などで洋服やバッグなどが陳列されていると、素敵なものが展示されているのではないかと近寄って見てしまいます。もちろん、友人との待ち合わせや映画などの上演時間までに待ち時間があれば、暇つぶしに店に入って品物を見ることもあるかもしれません。これをウインドウショッピングといいます(皆さん、ご存じですよね)。ウインドウショッピングでは、いつも必ず、品物を購入するということはありません。店に入ったら、確実に品物をピックアップして、それを購入するということはないのです。もちろん、入店したすべての客が品物を購入すれば、店長や店員さんは大喜びでしょう。しかし、そのようなことをすれば私たちの財布が大きなダメージを受けてしまいます。よって、基本的に購入しないけれども、掘り出し物があれば購入するといった姿勢を貫くのがよいかと思います。時々、衝動買いをしてしまう人がいますが、ウインドウショッピングのときに必ず衝動買いをすれば、待っているのはローン地獄でしょう。
急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎は、ウインドウショッピングの対象と考えると分かりやすいかと思います。原則的には抗菌薬は必要ありませんが、病状をじっくり観察することは大切です。これらの患者にことごとく抗菌薬を処方する医師は、ウインドウショッピングを目的として入店したときにことごとく衝動買いをするようなものです。店で衝動買いを続ければ破産しますが、抗菌薬を衝動処方しても保険診療ゆえに破産することはありません。しかし、医療経済は破綻するでしょうし、耐性菌の増加によって医療環境もダメージを受けるのです。急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎では抗菌薬を100%処方してはならないといっているのではありません。大原則は処方しないのですが、抗菌薬が必要と推定されるごく一部の患者には処方してもよいのです。これはウインドウショッピングでは必ず「見るだけ」ということはなく、よい品物があれば十分に吟味して購入することは可能であることと同じです。「急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎⇒ウインドウショッピング」というイメージが大切です。
財布を出していいとき
ウインドウショッピングをしているとき、とても素敵なヴィンテージハンドバッグがありました。昔から欲しくてたまらなかったハンドバッグです。それも適切な値段です。ここで見逃したら、二度と手に入らないでしょう。このような場合には「財布を出してもいい」のです。ここで購入しなければ一生後悔するかもしれません。ただし、このような「財布を出してもいい」と思う頻度は確認しましょう。「毎日」というのは衝動買いです。「毎週」というのも「準」衝動買いです。このような人はクレジットカードを封印しましょう。個人的には「年1回」というのが適切と考えます。
急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎の患者に「ことごとく」もしくは「ほとんど」の頻度で抗菌薬を処方するのは「衝動買い・準衝動買い」です。十数人~数十人に一人の頻度ならば適切でしょう。
それでは処方してよい場合はどのような状況でしょうか?急性咽頭炎ではセンター・スコア2点以上でA群溶血性連鎖球菌の迅速抗原診断検査を実施したところ、それが陽性となった場合です。急性鼻副鼻腔炎は「厳しい症状が3~4日連続でみられている」「臨床症状が10日以上も改善傾向を示さない」「感冒が改善傾向であったが、その後に発熱、頭痛、鼻汁が悪化した」という状況のときです。急性気管支炎では発熱がみられないことがほとんどなので、発熱があればインフルエンザもしくは肺炎を疑うことになります。そこで、肺炎がみられたら抗菌薬が必要となります。この場合にはマイコプラズマ肺炎やクラミジア肺炎が疑われます。
あれ?うまくいかないときはどうすればいい?
抗菌薬が欲しいと患者に強く希望されたら 咽頭痛、鼻汁、持続的な咳嗽といった症状のある患者が「早く治したいので抗菌薬をください!」と希望してくることがあります。強く希望されると医師も人間なので、患者の強い希望の影響を受けてしまいます。それを避けるためには、待合室や廊下などに、「急性咽頭炎・急性鼻副鼻腔炎・急性気管支炎では原則として抗菌薬は必要ありません。医師が必要と判断した場合のみ処方されます」というポスターなどを掲示しておくとよいでしょう。

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