第3回 日系ブラジル人の心不全
*本連載は2019年1月号~12月号の本誌連載の再掲載記事になります。
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患者の特徴
54歳男性。2週間前からの労作時呼吸苦があり、来院。胸部単純X線で心陰影の拡大と肺水腫の所見を認める。25歳までボリビアに住んでおり、現在は国内の工場で働いている。父親は不整脈で突然死したという。
さてこの症例で考えるべき寄生虫疾患は?
◎シャーガス病
病歴からシャーガス病を疑えただろうか?シャーガス病は、Trypanosoma cruziが病原体であり、サシガメによって媒介される(図1)。南米に多い疾患であり、今なお600〜700万人の感染者がいると推定されている(図2)。
シャーガス病の病期は急性期と慢性期に分かれる。急性期では熱、疲労感、かゆみ、頭痛、下痢、皮膚病変がみられる。慢性期では数年から数十年後に心疾患(心肥大、心不全、不整脈)や消化器症状を起こす。潜伏期間が長いため、日本に数十年住んでいる在日外国人や日系2〜3世が心疾患を発症し来院することがある。疑わなければ診断ができない疾患である。
◎日本国内におけるシャーガス病
国内で診断されるシャーガス病について、埼玉医科大学医学部微生物学の前田卓哉先生に話を伺った。
南米からの移民や日系2世のシャーガス病は想像以上に多い。南米に居住歴があり、不整脈や心不全を起こした患者の血清を調べると約3割にTrypanosoma cruziの陽性反応が出るという。診断は血清ELISAでのスクリーニングが中心となるが、行える機関は限られており最寄りの公共検査機関(衛生研究所や感染症研究所)や寄生虫学教室のある大学に問い合わせが必要である。
心疾患を発症した状況では治療適応がないが、早期に治療すれば治癒が可能な疾患である。同じ環境で育った家族には検査を勧め、陽性であれば早期治療を行うことが望ましい。まれではあるが、輸血での感染例もあるため、感染予防の側面からも診断するメリットがある。
シャーガス病に対する偏見への配慮
ただし、「説明には注意が必要」と前田先生は語る。サシガメは田舎の土で作られた家の天井や壁の割れ目に潜み、夜間吸血する。都会で発生する疾患ではなく、現地では「田舎者や貧乏ものの病気」という偏見がある。“シャーガス病と診断されると周囲の目が変わるのではないか”“仕事を辞めさせられるのではないか”など不安を抱えている。うまく説明し、検査につなげることが求められている。
今回の取材で、南米に居住歴のある患者の心疾患をみたらシャーガス病を考えること、家族にうまく説明し検査と治療に結び付けることを学ぶことができた。


(文献1より作成)
図2 シャーガス病の流行地域■文 献
1) Drugs for Neglected Diseases initiative. Whatis Chagas Disease? https://www.dndi.org/diseases-projects/chagas/

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