赤ちゃんに生きる
私は「赤ちゃんが生まれる場に関わる仕事がしたい」、そう考えて医師の道を志しました。その時点ですでに、小児科医か産婦人科医になるのだろうな、と考えていました。大学4年生の秋、ある番組をたまたま観ました。それは神戸市にあるパルモア病院の三宅廉先生の1週間を描いたNHK特集でした。パルモア病院は、三宅先生が設立した日本で最初の周産期病院で、小児科と産婦人科が一体となった病院です。三宅先生はそこで2万人以上の赤ちゃんのお産に立ち会い、綿密にフォローアップをされた方でした。私は「自分がやりたいのは、これかもしれない」と思いました。三宅先生に関する本を読み、一度会ってみたい、会ってお話を聴いてみたい、そう思いました。
その半年後、ちょうど大学の開学記念日で休みの平日に、パルモア病院を訪れました。アポイントもなく訪れたのにもかかわらず、三宅先生は時間を作ってくださいました。ふたりきりで1時間半近くお話しさせていただきました。三宅先生からは、「赤ちゃんのことを分かるには、その後の歩みをみないと分からない。だから小児科医になりなさい」、そう言われました。私が小児科医を選んだのは、その助言からでした。三宅先生とお会いしたのは、このたった一度。小児科医となり、新生児科医としてNICUに勤務し、その後、産婦人科医と共同でクリニックを開設し、そこでのすべてのお産に立ち会いました。現在は、助産所を併設したクリニックを開設し、今もお産と赤ちゃんに関わり続けています。決して三宅先生を目指したわけではないのですが、結果的に今、このような場にいるのは、あのとき三宅先生にお会いできたからではないかと思っています。
還暦を過ぎ、これまでの人生を振り返るとき、私は人との出会いに本当に恵まれてきたなぁ……、と思います。とても三宅先生のようにはいきませんが、これまでの出会いに感謝しつつ、心と身体が続く限り、「赤ちゃんに生きる道」を歩み続けたいと思っています。
くわはらこどもクリニック院長
桑原 勲
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す!がおのひとこと
産婦人科医とともに開業していたころは、昼夜を問わず月に30件前後のお産に立ち会っていました。真夜中のお産が続くと、さすがに疲れます。そんなときに支えとなったのが、この本『パルモア病院日記』です。新生児科医として働いていたころから、今もなお、時折この本を読み返しては三宅先生を思い出し、元気をもらっています。今では絶版となっていますが、古書として入手できます。関心のある方は一度、手に取ってみてください。
本記事は『with NEO』2025年1号の連載「新生児医療の あ!のひと」からの再掲載です。
