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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【連載】速報TOPiC「マスギャザリングイベントにおける感染対策 ―2025年大阪・関西万博に向けて―」

大阪公立大学大学院 医学研究科 臨床感染制御学 教授/大阪公立大学 大阪国際感染症研究センター センター長 兼 人材育成部門 部門長 掛屋 弘先生に「マスギャザリングイベントにおける感染対策―2025年大阪・関西万博に向けて―」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。

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マスギャザリングイベントにおける感染対策―2025年大阪・関西万博に向けて―

はじめに

 「マスギャザリング」とは「特定の場所に特定の目的を持ってある一定期間、人々が集積することで特徴づけられるイベントで、その国やコミュニティの計画や対応リソースに負担をかける可能性があるもの」と定義される[1]。過去のスポーツ関連の大会では、大会に関連した麻疹やインフルエンザ、ノロウイルス感染症などのアウトブレイクが知られている。計画的に行われるマスギャザリングでは、イベントへの参加者の安全確保だけでなく、開催により地域へ負の影響を与えることがないように、計画的に準備して、十分なリソースを確保する必要がある。

 2025年日本国際博覧会(略称:大阪・関西万博)(会期:2025年4月13日~同年10月13日)は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、大阪市の夢洲地区にて開催が予定されている。当地大阪では1970年の大阪万博以来、55年ぶりの開催となる。6ヵ月にも及ぶ開催期間中、約2,820万人の入場者数が想定されている。また、海外からの多くのインバウンド(約350万人)が予想されるが、海外特有の感染症の持ち込み事例も増えてくる可能性が危惧される。そのための監視検査が期待されるが、近年、国内外で下水中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)遺伝子を検出し、地域の流行状況などを把握する研究が行われている。また、メタゲノム解析により変異種や未知のウイルスの検出も試みられており、今後の国際的なマスギャザリング対策の一つとして期待される。本稿では大阪・関西万博におけるマスギャザリング対策の準備について概説する。

国際的マスギャザリングで脅威となる感染症とそのサーベイランス

 日本では、感染力・罹患した場合の重篤性に基づく総合的な観点からみた危険性より、感染症法において1類から5類感染症に分類される。国際的マスギャザリングでは、それぞれの発生頻度や重症度、公衆衛生に与える影響などにて考慮する必要がある(表1)。 表1

表1 国際的マスギャザリングで脅威となる感染症

1類・2類感染症

 1類や2類は感染力・罹患した場合の重篤性が高く、隔離が必要な感染症でウイルス性出血熱、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)などが該当するが、日本で発症する可能性は低い。

3類感染症

 3類は主に飲食に関連して集団発生する可能性がある感染症であり、マスギャザリングでは注意が必要である。

4類感染症

 4類は人獣共通感染症で動物や虫を介してヒトに感染する。基本的にヒト-ヒト感染は起こらないが、デング熱などの蚊媒介感染症が含まれ、蚊の調査などの監視が必要となる。

5類感染症

 5類には発生動向に注意しておくべき多くの感染症が含まれるが、なかでも麻疹や侵襲性髄膜炎菌感染症は、日本でも発症事例が経験され、流行すれば公衆衛生に与えるインパクトが大きい。一方、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、当然起こりうる感染症であり流行状況の把握と流行予測が求められる。

バイオテロ

 バイオテロとして天然痘や炭疽などがあることも忘れてはならない。

過去のマスギャザリングにおけるサーベイランスとアウトブレイク

 過去のマスギャザリングにおいて、サーベイランスが実施され、さまざまなアウトブレイクが報告されている(表2)[2]。 表2

表2 過去のマスギャザリングとアウトブレイク報告(文献2より改変)

東京オリンピック・パラリンピック2020大会

 東京オリンピック・パラリンピック2020大会はCOVID-19のパンデックの影響により、当初の計画から1年延長されたが、COVID-19から参加者や観客の安全を守ること、また、国内流行へのインパクトを最小限にとどめ、地域の安全を確保することが求められ、無観客開催となった。本大会では、200以上の国と地域から5万人以上の選手や大会関係者が入国し、COVID-19の定期スクリーニング検査が実施され、453例の陽性例が検知されている。また、開催期間中の選手および大会関係者の輸入感染症として、アフリカからマラリアの事例(2例)が報告されている。一方、オリンピックやパラリンピックの参加人数は多いが、開催期間は限られ、長期間開催される万博と比較してそのリスク管理は異なる。

ミラノ国際博覧会(ミラノ万博)

 2015年5~10月にかけて開催されたミラノ万博(milanoexpo-2015)には2,100万人以上が参加し、欧州最大級の長期的な大規模集会イベントとなった。このイベントに伴う国内外の人口移動と健康安全保障の問題が予想されたため、イタリアは初めて、自然発生する感染症と意図的に放出される可能性のある生物製剤の監視に焦点を当てたイベントベースのサーベイランス(EBS)システムを全面的に導入している。EBSシステムの具体的な目的を設定し、指標に基づくサーベイランスと補完的な役割を果たすために、優先的な疾病と状態のリストが作成された。このリストは、感染症伝播の可能性と公衆衛生への影響の可能性、既存の法定サーベイランスシステム、および大規模集会イベント中のサーベイランス強化に基づいて設計された。結果として、8ヵ月間の監視期間中、MedISys とGoogle アラートによってフィルタリングされた1日の感染者数には、統計的に有意な直線的傾向は認められなかった(p=0.68)。感染者数は1日および4ヵ月ごとに周期的なパターンを示し、週末と夏期は感染者数が減少している。

 一方、イタリア中部のある地域で髄膜炎菌による髄膜炎のアウトブレイクが発生し、最も深刻なイベントと報告されている[3]。

大阪・関西万博にて探知すべき感染症

 大阪・関西万博においても継続的なサーベイランスを実施することが求められる。1~3類感染症の対策としては、空港検疫や疾患サーベイランスを実施して疾患の存在探知を行う必要がある。一方、4~5類感染症には、流行予測や環境サーベイランスを実施して情報発信することが期待される。万博などの大規模・長期のマスギャザリングでは、国内の感染症の流行状況を変えうる可能性がある。

 大阪・関西万博の開催期間は6ヵ月以上で、食中毒の発生しやすい時期、豪雨・台風・猛暑の影響を受ける時期を含むことや蚊媒介の繁殖の時期を含むことなどの気候的条件も鑑み、優先して探知すべき感染症が検討されている(表3)[4]。また、疾患ごとに、(A)国外からの持ち込み、(B)大阪府内における感染伝播、(C)万博(来場者、スタッフ)に関連した集団発生、(D)大規模事例かつ重症度の高い感染症に分けられているが、なかでも大規模事例の懸念、かつ高い重症度などを考慮すると、麻疹、侵襲性髄膜炎菌感染症、中東呼吸器症候群(MERS)、食品に関連した腸管出血性大腸菌感染症に注意が必要である。また、COVID-19や季節性インフルエンザを含めた急性呼吸器感染症の集団発生の可能性は高く、会場で提供された食品が原因の集団食中毒についても十分注意が必要と考える[4]。

表3 表3

表3  大阪・関西万博にて探知すべき感染症(文献4より引用)

定点:定点把握疾患、

VPD:VPD(ワクチン予防可能疾患)でもある疾患

a…全数把握疾患のうち輸入指数が中央値0.06より大きい感染症

b… 大阪府における年間平均症例数が10例を超え、かつ4~10月に年間報告数の61%を上回る(季節性あり)全数報告対象疾患(2015年~2019年)。なお、ワクチン予防可能疾患については抗体保有状況と予防接種率を考慮した。また、報告数が少なく季節性が見えにくい疾患、季節性よりも抗体保有状況などのほかの要因の影響が大きいと考えられる疾患は(B)列の評価対象外とした。

c…食品媒介感染症以外の感染経路もとりうる。

下水サーベイランス

 下水に含まれるウイルスや細菌の遺伝子を解析し、感染流行を捉える下水サーベイランスは、現在(2024年9月)、国内外で広く実施され、COVID-19の市中における流行状況や変異株への置き換わりとの相関関係が確かめられている。大阪府下においては、大阪健康安全基盤研究所が府内の下水サーベイランスを実施しており、大阪・関西万博においても下水の監視を予定している。

 また、大阪公立大学 大阪国際感染症研究センターの山﨑伸二教授を中心とした研究チームは、西の玄関である関西国際空港の下水解析を担当しており、COVID-19やインフルエンザ、麻疹、デング熱などの約30種類の感染症について大阪府内の流行状況との関連性を解析し、流行予測に貢献している。

おわりに

 大阪・関西万博は6ヵ月の長期間に及ぶイベントであり、大阪は一定の感染症リスクに晒される可能性がある。一方で、このマスギャザリングに伴う感染症の脅威は大阪だけの問題ではない。大阪から関西の近隣都市のみならず、全国各地に人々は移動する。数日から数週間の潜伏期を有する感染症もあり、移動先で発症する可能性もある。輸入感染症に注意が必要であるが、大阪観光局によれば2024年大阪を訪れる外国人客数は1,400万人になる見通しで、5年ぶりに過去最高を更新する見込みである。すなわち現在でも大阪は人流増加による感染症のリスク下にあるが、それは全国も同様である。COVID-19のパンデミック対策として、日常活動を抑制し、マスクや手洗いの励行、ワクチン接種などの基本的な感染対策を行うことが感染症の予防に重要であることは実証済みである。一方、現在は日常活動を取り戻し、感染対策レベルも緩和されているが、コロナ禍に流行しなかった感染症が増加している。今一度、ワクチンで予防できる感染症(vaccine preventable disease, VPD)のワクチンを接種すること、日常生活のなかで基本的な感染対策を実施することを確認したい。また、医療機関は国内外の感染症の流行状況を把握し、まれな感染症にも対応が可能なように、基本的な感染対策が実施できるスタッフの育成を心掛けたい。


【引用・参考文献】

 1) 国立感染症研究所.マスギャザリングイベント(東京2020大会)と感染症対策.IASR.43,2022,153‒4.https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/infectious-diseases/2599-mge/idsc/iasr-topic/11330-509t.html 

2) Mass gathering events and communicable disease. Considerations for public health authorities. European Centre for Disease Prevention and Control, 2024. https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/documents/Mass-gathering-events-and-communicable-diseases-June-2024.pdf 

3) Riccardo, F. et al. Event-Based Surveillance During EXPO Milan 2015:Rationale, Tools, Procedures, and Initial Results. Health Security. 14(3), 2016, 161‒72.

4) 国立感染症研究所.2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)に向けての感染症リスク評価.https://www.niid.go.jp/niid/ja/allarticles/infectiousdiseases/2555-mge/12450-expo2025ra.html

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*INFECTION CONTROL33巻12月号の掲載の先行公開記事となります。

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