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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【連載】Current Knowledge for ICT「令和2年7月豪雨災害から学ぶ災害時の感染対策~熊本県感染管理ネットワークの取り組み~」

日本赤十字社 医療事業推進本部 医療の質・研修部 医療課 感染対策係長(感染管理認定看護師) 東陽子先生に「令和2年7月豪雨災害から学ぶ災害時の感染対策~熊本県感染管理ネットワークの取り組み~」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。

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【サマリー】

 近年の気候変動などにより、自然災害のリスクは年々高まっているといえる[1]。いつ、どこで、どのような災害が発生するか分からない。災害が発生すると、インフラの破綻により衛生環境が悪化し、感染症が発生・流行しやすい状況となる[2]。筆者は、平成28年(2016年)熊本地震と令和2年7月豪雨災害において、日赤救護班および熊本県感染管理ネットワークの一員として、避難所における感染対策活動を行った。災害医療では多くの災害支援機関・団体が被災地で活動することとなるが、災害時の感染対策では、行政や医療救護班などとの連携や情報共有が重要であり、平時からの体制の構築などの備えが必要である。


キーワード避難所における感染対策、平時からの体制構築、連携と情報共有

令和2年7月豪雨災害の概要

 熊本県南部を流れる球磨川が氾濫した令和2年7月豪雨災害で、災害関連死を含む67名が犠牲となり、多くの被害をもたらした。熊本県感染管理ネットワーク(以下、ネットワーク)は、平成28年(2016年)熊本地震(以下、熊本地震)での避難所における活動の経験を踏まえ、ネットワーク・行政・医療救護班が協力し、令和2年7月豪雨災害での感染対策活動を実施した。

熊本県感染管理ネットワークの災害時の感染対策活動

 熊本地震では、震度7を2度経験して広範囲に甚大な被害を受けた。その際、ネットワークの事務局を置く、熊本大学病院感染制御部の感染管理認定看護師(Certified Nurse in Infection Control, CNIC)の発信により、避難所での感染対策の支援を行うこととなった図1

図1

 令和2年7月豪雨災害は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が国内でも流行の兆しを見せるなかでの災害であり、ボランティアの受け入れも県内在住者のみに限られていた。そのようななか、ネットワークでは災害と感染症蔓延を想定した活動が必要であり、さまざまな立場で情報収集を行った。また、早期より熊本県災害対策本部からネットワークへの支援依頼があり、行政とネットワークがスムーズに連携を取って活動できたと考える。幸いにもCOVID-19の感染拡大はなかったが、避難所での感染発生が懸念されるなかでの活動であった。

避難所状況の今昔

 日本の避難所というと皆さんはどのような状況が思い浮かぶだろうか。熊本地震では、二度の大きな地震に見舞われ、着の身着のまま指定避難所や近くの頑丈な建物に身を寄せていた。そのため、すぐに逃げられるようにと土足の避難所も見受けられた。また、車中泊の人が多かったのも特徴的であった。

 一方、令和2年7月豪雨災害では、内閣府から「新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所運営のポイント」[2]が出されており、熊本県内の自治体によってはコロナ禍での避難所運営の訓練が行われていた地域もあった。避難所支援を行った地域でも、パーテーションが使用されており、発熱者や胃腸炎症状のある避難者に配慮したカーテン付きパーソナルスペースが設置されていた図2図2 さらに、発災から1週間で、すべての避難所に段ボールベッドが設置された図3図3 災害の種類や規模によっても異なるが、早期に段ボールベッドが設置されたことは、避難所の環境改善により肺炎などの感染症やDVT(深部静脈血栓症)の予防に寄与していたと考えられる。

 大規模災害時には、災害に特異的な感染症(破傷風、誤嚥性肺炎、ガス壊疽など)と避難所生活や衛生環境の悪化に関連した感染症がある。後者は、災害の規模(インフラ破壊の程度)、地域性(風土病的なリスク)、季節性(流行性疾患のリスク)、宿主の免疫状態(高齢者の肺炎球菌ワクチン、乳幼児の定期予防接種の接種率など)が関わってくる[2]。避難所の衛生環境の悪化は、感染症蔓延の恐れや災害関連死に直結しており、避難所の感染対策は重要であり早期に介入が必要である。

災害医療と感染対策

 災害医療において、CSCA(C:Command &Control[指揮と連携]、S:Safety[安全]、C:Communication[情報伝達]、A:Assessment[評価])の確立が必要である。災害時の感染対策も同様で、指揮命令系統の確立や情報共有が重要となる。

 熊本地震では、ネットワーク内で同じツールを使用し、避難所の環境衛生のアセスメントを行い、情報共有を図った。しかし、当初は避難所を巡回するほかの救護班や災害対策本部との情報共有ができていなかったため、感染対策の専門家として活動していても、それが理解されない場面もあった。

 令和2年7月豪雨災害では、ネットワークが被災地支援の救護班や被災地の病院のCNIC などから感染症や避難所の衛生環境などの情報を集約し図4 、同時期に行政とネットワークの支援体制が構築された図5図4 図4 図5 被害の大きかった地域でも多くの医療機関が稼働しており、発災から約10日で避難所の救護所は閉鎖された。しかし、ネットワークは、人吉市保健所からの要請により避難所を巡回して感染対策の助言、情報整理、体調管理の状況確認、COVID-19の発生および感染拡大防止のための動線管理・ソーシャルディスタンス、保健師の支援などを継続的に行った図6図6

まとめ

 地球温暖化の進行に伴い、気象災害の激甚化・頻発化が続くことが見込まれている。また、首都直下地震や南海トラフ地震などの大規模地震が迫っているとされており、自然災害への備えを行う必要がある[1]。災害はいつ起こるか分からない、かつ多様化しており複合して起こる場合もあり得るだろう。

 災害医療においてCSCAは重要であり、それは災害時の感染対策にも当てはまる。特に“指揮と連携”および“情報伝達”は、事前に準備して確立しておくべきであると考える。そして、平時から行っている感染対策の応用、行政との顔の見える関係性の構築(指揮と連携)、災害時を想定した合同訓練が有効と考える。また、今後は共通したツールである広域災害救急医療情報システム(EMIS)やJ-SPEED3)の活用(情報伝達)により避難所や感染症を把握し、医療救護班や感染対策の専門家機関(日本環境感染学会 災害時感染制御支援チーム[DICT]、災害時健康危機管理支援チーム[DHEAT])と協働することで、災害時の避難所環境の改善や感染拡大の予防がより期待できると考える。


【引用・参考文献】

1) 内閣府.自然災害の激甚化・頻発化等. https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/r05/honbun/t1_2s_01_00.html

2) 日本環境感染学会.大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き.http://www.kankyokansen.org/other/hisaiti_kansenseigyo.pdf 

3) J-SPEED 研究会.J-SPEED 情報共有サイト.https://www.j-speed.org/ 

4) 東北感染症危機管理ネットワーク.災害時感染症対策ホットライン.避難所における感染対策マニュアル.http://www.tohoku-icnet.ac/shinsai/images/pdf/hotline04.pdf 

5) 熊本県感染管理ネットワーク.http://kumamoto-haic.net/

6) 橋本洋一郎.災害医療支援をしたいがどうしたらよいか?.治療.98(11),2016,1816-20.

7) 東陽子.避難所における感染対策活動.治療.98(11),2016,1789-91.

インフェクションコントロール33巻8号表紙

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*INFECTION CONTROL33巻11月号の掲載の先行公開記事となります。

*本記事の無断引用・転載を禁じます。