東京医療保健大学大学院 医療保健学研究科 感染制御学 教授 菅原えりさ先生に「令和6年能登半島地震における感染制御活動~DICTの経験をもとに~」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
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令和6年能登半島地震における感染制御活動~DICTの経験をもとに~
はじめに
避難所に身を寄せることのできた「助かった命」。しかし、災害急性期は避難所であっても過酷な状況が続くため、可能な限りのリスク回避措置を講じ「助かった命」を守る必要がある。
被災地の医療機関は医療提供機能が低下しており、もし避難所で集団感染が起き、多数を医療機関へ搬送しなければならなくなった場合、大きな負荷をかけることとなる。また、本来なら感染症患者に接触する機会はほぼないはずの高齢者や易感染者が、避難所での滞在により伝播し、それをきっかけに生命予後に影響を及ぼす可能性もある。これらのリスクを少しでも回避できるように活動するのが感染制御活動の目的である。
本稿では、2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震(以下、能登半島地震)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の余波があるなかでの大規模災害となった。DICTが組織的に行った避難所の感染対策活動と課題について報告する。
DICTについて
災害時感染制御支援チーム(Disaster infection control team, DICT)は、日本環境感染学会が編成する災害支援のためのチームで、東日本大震災後(2011年3月11日、以下3.11)に組織され、2024年現在、約700名(主に学会員)の登録がある。そして、2017年の厚生労働省防災業務計画(2017)に「被災都道府県・市町村は、避難所等における衛生環境を維持するため、必要に応じ、日本環境感染学会等と連携し、被災都道府県・市町村以外の都道府県及び市町村に対して、感染対策チーム(ICT)の派遣を迅速に要請すること」と明記された[1]。
DICTの目的は「能動的に発災早期に支援の必要性を評価し、被災現地のICTと連携して避難所等における集団感染症の抑制や制御」をすることで[2]、被災地に人的、物的支援を行う準備がある。また、感染制御に欠かせない消毒薬やPPEなどの物資に関しては、学会の賛助企業から自主的に応募し編成された「DICT企業チーム」から支援を受けている。2024年現在、15社が参加している。DICTの物資支援の特徴は、①避難所のニーズに応じた感染制御関連物資を迅速に提供する、②適正な感染制御物資を提供する、の2点にある。元より被災地には国や自治体よりプッシュ型で支援物資が提供されるが、避難所に行き届くのに時間を要する場合があるのに加え、必ずしもニーズに即した物資が届くとは限らない。それを補うのがDICTの物資支援である。
3.11後に起きた熊本地震、北海道胆振東部地震、西日本豪雨などでDICTは、初動アセスメントの実施、物資支援および情報収集などを行ってきたが、今回の能登半島地震では、前述の「厚生労働省防災業務計画」に従って、石川県より派遣要請が発出された初めての活動となった。
能登半島地震でのDICT活動
避難所の感染リスク
避難所には、多くの被災者が“着の身着のまま”で身を寄せる。身を寄せた人のなかには、発熱や咳、下痢症状、発疹、眼のかゆみなど感染症の徴候がある人、感染症の潜伏期間にある可能性のある人、そして、免疫力の脆弱な乳幼児や高齢者、がん治療などのために易感染状態にある人もいる。避難所では、このような人々が密着した生活を強いられるため、これだけでも感染症の伝播リスクが懸念されるが、さらに、衛生状態が悪く、食事も不十分、睡眠も十分取れないといった状況が続くとそのリスクは一層高まる。能登半島地震では生活インフラのダメージが大きく、特に上下水道の破損が著しかったため、断水が続き、衛生状態の悪化が懸念された。
また、被災地域である奥能登地域の高齢者率は約50%[3]と、全国的にみても高い水準で、まさに日本の縮図であることは間違いなく、その観点でも感染症の蔓延阻止に尽力しなければならなかった。感染症のリスクを低減し、感染症が発生しても拡大(流行)を抑止するには、感染のリンク(病原菌→人、病原菌→環境、人→人、環境→人)を断ち切ることが重要である。これは感染制御の基本的な考え方であり、避難所であっても同じである。避難所では特に「隔離体制の整備」「手指衛生」「環境整備(トイレ、換気)」「食中毒予防」「感染症徴候の把握」が、感染リンクを断ち切るポイントとなる。ここでは、「隔離体制の整備」「手指衛生」「環境整備(トイレ、換気)」について解説する。
被災者の居住配置と隔離(保護)スペースの確保
新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所開設・運営訓練ガイドライン(第3版)[4]では、避難所の密接を避ける方法と有症状者の隔離スペースのレイアウトを提案している(図1)[4]。ウィズコロナ時代になっても、一定の間隔を確保した居住空間は避難所には欠かせず、プライバシーの確保にもなる。今回の能登半島地震の避難所は、発災直後は、密集もやむを得ない避難所もあったが(図2)、運営管理者は密集を避けることや隔離スペースを設けることなどは意識されており、徐々に密接を避ける居住環境が整えられていった(図2)。
図1 ガイドラインが示す避難所例(文献4より作成)
図2 能登半島地震における避難所の様子
また、発熱者や下痢・嘔吐などの感染症の徴候のある有症状者を、大勢の被災者から物理的に離す必要があるため、「保護室(被災地では差別を想起させるため「隔離」という言葉は不適切とされる)」や「保護スペース」を確保する必要がある。その場合、いわゆるレッドゾーン、イエローゾーン、グリーンゾーンをどのように確保するかが課題で、限られたスペースでの展開には工夫が必要である。
以前より、筆者は避難所には感染対策の視点で保護スペースが必要であることを指摘していた[5]。とかく小スペースは支援物資などで埋め尽くされがちだったからである。別室確保の必要性が認識されたのはCOVID-19のパンデミックの産物であるが、この経験が遠のいても、感染対策の視点での避難所運営は継続してほしいと願う。
手指衛生
手指衛生は感染対策にとって最重要な対策で、それは被災地であっても同様である。パンデミックの余波があるなかで避難所では、擦式アルコール製剤はすぐに配置され、被災者も抵抗なく使用していたのは、印象的であった。
一方、断水が長く続き石けんと流水による手洗いが十分できない状況だったが、ろ過装置が付いた循環型の手洗いスタンド(図3)が登場し一部手洗いが可能となった。これも過去の災害ではなかったことで、技術の進化を感じる。
また、DMATの隊員が携帯型の擦式アルコール製剤を身に着けて活動していたことも、過去見られない光景であった。
手指衛生の継続には、外界からの刺激や誘導が適宜必要である。今回はパンデミックの余波の中での大災害だったため、その必要性は比較的浸透していたが、今後これが習慣化されるとは限らない。避難所において、手指衛生ができる環境作りや、被災者に対する啓発はDICTにとって重要な任務である。
図3 循環型の手洗いスタンド
環境整備―換気・トイレの課題
換気
元々感染対策上「換気」という手段はさして重要視されていなかったが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は一定時間空気中に漂う性質をもつため[6]、重要な対策として位置づけられ、換気の重要性が増している。さらに、換気は、空中に漂うウイルスなどを外に逃すため、同じ感染経路をもつ呼吸器感染症の対策に有効と考えられる。
指定避難所で多く活用されるほとんどの公共施設は、機械換気が設備されているが、被災後その設備が通常通り稼働しているかどうかは分からない。いずれにしても、換気設備に頼らず窓を開けて物理的に換気できるとよい。また、CO2モニタを活用するのもよい。
トイレ
避難所での最大の課題は、「トイレ」といっても過言ではない。特に、断水時のトイレや水回りは、使用および管理ルールを決めないまま使用し始めると瞬く間に不衛生な状態になる。能登半島地震では断水が続き3.11時と同じ状況だったため、トイレ状況が懸念された。しかし、発災1週間目の避難所の水洗トイレにはビニールがかぶせられ、使用のたびに交換するようルール化されており過去の経験が生かされていたことに安堵した(図4)。
図4 ビニールをかぶせたトイレ
避難所には、便利な電動式の簡易トイレが多数供給され、浄化槽を搭載した循環型の水洗トイレも登場した。一方、仮設トイレも多数供給されたが、和式型が多かったことには疑問をもたざるを得なかった。和式トイレは汚染されやすく、さらに高齢者を含む要配慮者には使用しにくく、災害時のトイレには不向きであることは以前より指摘されていた。また、浄化槽を搭載した循環型の水洗トイレの登場は画期的であるが、筆者が確認したとき、洗浄水と排泄物が混入した悪臭伴う汚染水であった(図5)。これは濾過フィルタのメンテナンス不足が考えられた(後にメーカーに確認)。
図5 浄化槽を搭載した循環型トイレの洗浄水
トイレの衛生管理は重要である。ハイテクなトイレも管理が不十分では不衛生となる。折角設置したトイレが不衛生では、排泄行動を抑制する心理がはたらき、結果的に水分摂取を制限するようになった場合の健康状態におよぼす影響は周知のごとくである。トイレの不衛生は感染症の蔓延リスクだけでなく、命に係わる問題ともいえる。
少なくても能登半島地震の避難所で筆者が確認した範囲では、3.11時のような悲惨なトイレ(図6)は見られず、消毒についても当初より塩素系消毒薬の要望が多数寄せられ清潔に維持することに努力されていた。
図6 3.11の避難所のトイレの様子の一例
今後は、トイレ提供側(公的機関および企業側)は、少なくても「洋式トイレ」を標準とし被災地には配置してほしい。また、メンテナンスの必要な機器を被災地に提供する場合は、正常で安全な状態で運用できるよう配慮する必要がある。
おわりに
日常でのICTの役割の一つサーベイランスは、国立感染症研究所の疫学チームが担った。このように能登半島地震では、DICT、国立感染症研究所、国立国際医療研究センターそして厚生労働省がまさに“One Team”となって活動したことは今までになく、画期的なことであった。
また、災害支援活動も確実に進化しているが、奇しくもパンデミックの経験が後押ししたのか、「人が集まるところには感染症蔓延リスクが伴う」の原則が広く認識されることとなり、公式にDICT が活動できるようになったことも「進化」かもしれない。
DICTはデビューしたばかりの組織である。今後安定的な活動ができるよう、関係各所と連携しながら着実に進んでいきたい。
【引用・参考文献】
1) 厚生労働省.厚生労働省防災業務計画.https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10600000-Daijinkanboukouseikagakuka/290706-kouseiroudoushoubousaigyoumukeikaku_2.pdf
2) 日本環境感染学会.大規模自然災害の被災地における感染制御マニュアル2021.http://www.kankyokansen.org/other/DICT_manual_gakkaishi.pdf
3) 石川県.石川県の年齢別推計人口~令和5年10月1日現在~.https://toukei.pref.ishikawa.lg.jp/search/detail.asp?d_id=4827
4) 内閣府.新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所開設・運営訓練ガイドライン(第3版)について.http://www.bousai.go.jp/taisaku/pdf/corona_hinanjo03.pdf(2024年5月2日アクセス)
5) 菅原えりさ.感染制御担当者が考慮すべき大規模自然災害時の備え―医療施設の感染制御BCPは大丈夫か? 避難所の感染制御は大丈夫か?―.
Journal of Healthcare-associated Infection .12(1),2019,7‒14.
6) van Doremalen, N. et al. Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1. N Engl J Med. 382(16), 2020, 1564‒7.
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*INFECTION CONTROL33巻11月号の掲載の先行公開記事となります。
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