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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【連載】速報TOPiC「劇症型溶血性レンサ球菌感染症の現状と感染対策」

浜松市感染症対策調整監 兼 浜松医療センター 感染症管理特別顧問 矢野邦夫先生に「劇症型溶血性レンサ球菌感染症の現状と感染対策」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。

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劇症型溶血性レンサ球菌感染症の現状と感染対策

はじめに

 現在(2024年6月)、国内において劇症型溶血性レンサ球菌感染症が増加しており、2024年は2,000人を超える勢いである。増加の原因は明らかではないが、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎が増加していることから、重症化因子をもつ人々が溶血性レンサ球菌に曝露しやすい環境となっているのかもしれない。本稿では劇症型溶血性レンサ球菌感染症の現状と感染対策について記述する。

A群溶血性レンサ球菌

 レンサ球菌属(Streptococcus sp.)は血液寒天培地における溶血性によって、α溶血(不完全溶血)、β溶血(完全溶血)、非溶血(γ)がある。α溶血には肺炎球菌があり、β溶血には化膿レンサ球菌がある。化膿レンサ球菌はLancefield分類(表層多糖の抗原性)によってA、B、C、G、L 群などがあり、このなかで最も重要な細菌がA群溶血性レンサ球菌(group A Streptococcus , GAS, Streptococcuspyogenes )である。

 GASには菌体表層に存在するM蛋白をコードするM蛋白遺伝子(emm遺伝子)がある。M蛋白遺伝子はGASのサブタイピング法として広く使用されており[1]、M1型株(emm1型)が最も多い。2011年以降、英国にてM1型株のなかでUK 系統株(S. pyogenes M1UK lineage)の分離頻度が増加した。UK系統株は従来株より、発赤毒素の産生量が9倍多く、伝播性も高いことが知られている[2,3]。日本においても関東地域を中心に、UK系統株が占める割合が増加してきている4)。しかし、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の増加にUK系統株が関連しているか否かについては、一致した見解は得られていない。

A群溶血性レンサ球菌感染症

 A群溶血性レンサ球菌感染症のほとんどは、咽頭炎や伝染性膿痂疹などの比較的軽度の感染症である。咽頭や皮膚にGASを保菌していても、無症状のこともある。GASが血液、深部筋肉、脂肪組織、肺などの身体部位に侵入して重篤な感染症を呈することがあり、これを侵襲性A 群溶血性レンサ球菌感染症(invasive group A Streptococcal infection)という。その定義は「無菌組織から得られた検体からGASが分離されるか、病原体特異的核酸検査が陽性となる。または、創部培養からGASが分離され、壊死性筋膜炎または毒素性ショック症候群を伴う」である[1]。侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症の最も重篤な二つの形態は、壊死性筋膜炎(necrotizing fasciitis)と劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome, STSS)である。 

 国内では劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者数が集計されているが、国外では侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症を集計していることが多い。米国では劇症型溶血性レンサ球菌感染症を集計しているが、日本と異なり、GASによるものだけを対象としている[4,5]。日本の劇症型溶血性レンサ球菌感染症の原因菌としてはA群、B群、C群、G群が報告されているが、7~8割がA群である。

劇症型溶血性レンサ球菌感染症

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、メディアなどでは「人食いバクテリア」と呼ばれている。感染症法では5類感染症の全数把握となっており、診断後7日以内に届出しなければならない[6]。

患者の増加

 国内において、劇症型溶血性レンサ球菌感染症が増加している(図1)[7]。COVID-19のパンデミック期にはユニバーサルマスキングや手指衛生などの感染対策の強化によって、患者数は一時的に減少したが、その後の感染対策の緩和によって、2022年から再び増加している。このような状況は国外でもみられている。実際、フランス、アイルランド、オランダ、スウェーデン、英国では、侵襲性A群レンサ球菌感染症と猩紅熱が増加している[8]。

図1

図1 日本における劇症型溶血性レンサ球菌感染症の報告数(文献7より筆者作成)

症状

 劇症型レンサ球菌感染症では、低血圧、頻脈、発熱など、さまざまな臨床症状を呈することがある。低体温がみられることもある。精神状態の変化は、約半数の患者で発生する。発熱、悪寒、筋肉痛、吐き気、嘔吐、下痢を特徴とするインフルエンザ様症状が約20%の患者に発生する。びまん性の猩紅熱様紅斑が約10%の患者に発生する。致死率は30~50%を超えている[5,9]。劇症型溶血性レンサ球菌感染症の潜伏期間は細菌の侵入部位によって異なる。通常、発症してから、24~48時間以内に血圧が低下する[9]。明らかな病因がなくショック症状を呈する患者では劇症型溶血性レンサ球菌感染症が疑われる。

重症化因子

 溶血性レンサ球菌感染症が重症化するメカニズムはまだ解明されていない。劇症型溶血性レンサ球菌感染症は誰にでも発生する可能性があるが、表1の要因によりリスクが高まる[9]。

表1

表1 劇症型溶血性レンサ球菌感染症のリスク因子

診断

 診断は、臨床基準と培養所見に基づいて確定される。保健所に届け出るためには「ショック症状+二つ以上の合併症(肝不全、腎不全、急性呼吸窮迫症候群、播種性血管内凝固症候群、軟部組織炎、全身性紅斑性発疹、中枢神経系症状)+病原体の検出(無菌部位、生検組織、手術創、壊死軟部組織)」を満たす必要がある(図2)[10]。

図2

図2 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の届出基準(文献10より作成)

治療

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の治療には「敗血症性ショックおよび関連する合併症の治療」「感染部位の外科的デブリードマン(必要な場合)」「抗菌薬治療」が含まれる。特に、早期の積極的な外科的介入が重要である。

 初診時には、劇症型溶血性レンサ球菌感染症をほかの病原体による敗血症症候群とすぐに区別することはできない。したがって、経験的治療は、溶血性レンサ球菌だけでなく、黄色ブドウ球菌(MRSAを含む)やグラム陰性桿菌も対象とした広域スペクトルの抗菌薬で治療する必要がある。

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症が疑われる場合の経験的治療としては、培養結果が得られるまで「クリンダマイシン+バンコマイシン+(カルバペネム系抗菌薬orβ‒ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系抗菌薬」が選択される。そして、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の診断が確定したら、「クリンダマイシン+アンピシリン」にて治療する。

 通常、クリンダマイシンとペニシリン系抗菌薬の併用療法は、患者の臨床症状および血行動態が安定するまで(48~72時間)継続する。その後、クリンダマイシンを中止し、ペニシリン単独治療を継続する。

 抗菌薬の投与期間は、感染源や治療に対する臨床反応など、個々の患者の状況に合わせて調整する。菌血症の患者は、少なくとも14日間治療する。深部感染症(壊死性筋膜炎など)を合併している場合、治療期間は臨床経過と外科的デブリードマンの適切さによって決まる。通常、抗菌薬治療は外科的デブリードマン中に得られた最後の陽性培養から14日間継続される。

感染対策

 GASは主に咽頭や皮膚に定着しており、飛沫感染および接触感染が主な伝播経路である。長期療養型施設の高齢者と地域在住高齢者を比較すると、長期療養型施設の方が侵襲性A群レンサ球菌感染症の発生率が高くなるという報告がある[11]。また、侵襲性A群レンサ球菌感染症2,351人中、病院感染が291人(12.4%)であったとする報告もある[12]。そのため、病院が劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者を受け入れた場合には感染対策を徹底しなければならない。

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症では「飛沫予防策+接触予防策」を標準予防策に加えて実施する。壊死性筋膜炎では、浸出液が出なくなるか、または浸出液が多量の場合は培養陰性が確認できるまでは、感染対策を継続することが望ましい[13]。

曝露後予防

 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者の家庭内曝露において、曝露後予防をルーチンに実施することは推奨されない。しかし、65歳以上や重症化因子のある同居家族には曝露後予防を考慮してもよい[9,14]。実際、曝露後30日以内に侵襲性疾患の二次感染が発生するリスクは、65歳以上の家庭内接触者で最も高いことが知られている[9]。抗菌薬はペニシリン系抗菌薬を選択する[14]。

おわりに

 日本において、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の報告数が増加している。COVID-19のパンデミック期では一時的に増加が抑制されたものの、感染対策の緩和によって再び増加しはじめた。増加の理由は不明であるが、小児でのA群溶血性レンサ球菌咽頭炎が2023年以降、急増していることが関連しているかもしれない。

 GASは同居家族や濃厚接触者に飛沫感染や接触感染によって伝播することから、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の患者が周囲の人々に病原体を伝播している可能性が高い。すなわち、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の原因菌が人々の身近なところに潜んでいる確率が高くなっていることは否定できない。

 UK系統株が日本においても検出されていることから、この菌株が今後の劇症型溶血性レンサ球菌感染症の患者の増加に影響を与える可能性はあるものの、現時点では明確ではない。


【引用・参考文献】

1) Barnes, M. et al. Increase in pediatric invasive Group A Streptococcus Infections―Colorado and Minnesota, October-December 2022. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/pdfs/mm7210a4-H.pdf

2) 国立感染症研究所.A群溶血性レンサ球菌による劇症型溶血性レンサ球菌感染症の50歳未満を中心とした報告数の増加について(2023年12月17日現在).https://www.niid.go.jp/niid/ja/group-a-streptococcus-m/group-a-streptococcus-iasrs/12461-528p01.html

3) Lynskey, NN. et al. Emergence of dominant toxigenic M1T1 Streptococcus pyogenes clone during increased scarlet fever activity in England:a population-based molecular epidemiological study. Lancet Infect Dis. 19(11), 2019, 1209‒18.

4) 国立感染症研究所.国内における劇症型溶血性レンサ球菌感染症の増加について.https://www.niid.go.jp/niid/ja/group-a-streptococcus-m/2656-cepr/12594-stss-2023-2024.html

5) CDC. Streptococcal toxic shock syndrome(STSS)(Streptococcus pyogenes )2010 case definition. https://ndc.services.cdc.gov/case-definitions/streptococcal-toxic-shock-syndrome-2010/

6) 厚生労働省.感染症法に基づく医師の届出のお願い.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkakukansenshou/kekkaku-kansenshou11/01.html

7) 国立感染症研究所.感染症発生動向調査週報ダウンロード2024年.https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2024.html

8) WHO. Increased incidence of scarlet fever and invasive group A Streptococcus infection-multi-country. https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON429

9) CDC. Clinical guidance for streptococcal toxic shock syndrome. https://www.cdc.gov/group-a-strep/hcp/clinical-guidance/streptococcaltoxic-shock-syndrome.html

10) 厚生労働省.感染症法に基づく医師の届出のお願い.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkakukansenshou/kekkaku-kansenshou11/01.html

11) Thigpen, MC. et al. Invasive group A streptococcal infection in older adults in long-term care facilities and the community, United States, 1998-2003. Emerg Infect Dis. 13(12), 2007, 1852‒9.

12) Daneman, N. et al. Hospital-acquired invasive group A streptococcal Infections in Ontario, Canada, 1992‒2000. Clin Infect Dis. 41(3), 2005, 334‒42

13) 国立国際医療研究センター 国際感染症センター.劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS).https://dcc-irs.ncgm.go.jp/material/manual/stss.html

14) 国際感染症センター.劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)の診療指針.https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/63648/060621bettenn.pdf

インフェクションコントロール33巻10号表紙

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*INFECTION CONTROL33巻10月号の掲載の先行公開記事となります。

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