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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【連載】速報TOPiC「能登半島地震における災害時感染制御支援チームDICTの活動」

防衛医科大学校 防衛医学研究センター センター長/同 広域感染症疫学・制御研究部門 部門長 加來浩器先生に「能登半島地震における災害時感染制御支援チームDICTの活動」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。

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能登半島地震における災害時感染制御支援チームDICTの活動

サマリー

 災害時感染制御支援チーム(DisasterInfection Control Team, DICT)は、東日本大震災時のいわて感染制御支援チーム(Disaster Infection Control Assistance Team of Iwate, ICAT)の活動を参考にして、日本環境感染学会が中心となって管理運営を行っている。能登半島地震では、2024年1月の極寒の季節(時)に、高齢者が多い人口集団(ヒト)において、長期間にわたり断水が続く避難所(場所)がマスギャザリング状態となったことから、各種感染症の発生が懸念された。感染症のリスクは、それぞれの避難所の状況に応じて異なるので、継続的に評価を行い、アウトブレイク対応につなげることが重要となる。

DICTとは

 2011年3月の東日本大震災時に、岩手県における医師、看護師、臨床検査技師、薬剤師のチームであるICATは、医療機関で通常行っている感染対策のノウハウを避難所の感染対策に応用させ、各種感染症のアウトブレイクを抑える活動を行った。ほぼ固定されたメンバーが手分けして、比較的大きな避難所を定期的に巡回したので、やがて避難者や管理者の方々から大きな信頼を獲得した。当時出回り始めたタブレット端末を用いて、呼吸器症状や消化器症状などの症候群の数を報告してもらい、アウトブレイクの端緒をとらえる試みも行われた。この経験を生かすべく、日本環境感染学会は、2013年には「大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き」[1]を策定した。2016年2月には「災害時感染制御検討委員会(以下、委員会)」を設置し、DICT の人材育成、管理、運営を行うようになった。

 2016年4月には熊本地震が起こり、現在のDICT活動の原点といえるような活動が行われた。当初、委員会のメンバーが現地入りし、被災地域の状況を確認し、地域の感染制御ネットワークのメンバーに県の保健医療福祉対策調整本部(以下、調整本部)の対策会議からの情報を収集するように要請した。被災地域のICTは自施設の対応に忙殺されるため、近隣自治体の専門家チーム(鹿児島大学、長崎大学など)が精力的に活動した。

 2017年には、これらの活動が高く評価されたのか、厚生労働省の防災業務計画の一部が改正され、「被災都道府県・市町村は、避難所等における衛生環境を維持するため、必要に応じ、日本環境感染学会と連携し、被災都道府県・市町村以外の都道府県及び市町村に対して感染対策チーム(ICT)の派遣を迅速に要請すること」[2]という一文が追記された。

 2023年10月には、日本医師会と日本環境感染学会は協定を締結し、日本医師会災害医療チーム(Japan Medical Association Team, JMAT)とDICTとは、必要な情報を共有し、相互支援を行うことになった。

DICTの組織と活動

 DICT の組織は、災害発生後に被災自治体の調整本部での情報収集と被災現場での情報収集により感染症のリスク評価を行うPre-DICT(迅速評価班)、避難所における感染対策活動を支援するDICT unit(支援DICT と受援DICT)、DICT の賛助企業チームに働きかDICT unitが必要とする物資支援を担当するLOGIST、これらの活動を統括し、調整本部でのリエゾン業務を行う統括DICTからなる。能登半島地震の際には、PreDICTが現場において不足する資機材についての情報を収集し、LOGISTを通じて、国‒県からのルートよりも早く必要とされる物資を届けることができた。また避難所で必要とされる指導・啓発用のポスターや個人防護具(personal protective equipment, PPE)の着脱要領に関する動画などを日本環境感染学会の学会員の総力をあげ、ごく短時間で作成して提供した。また、厚生労働省、国立国際医療研究センター、国立感染症研究所との連携によって組織的な活動を行う素地ができた。


能登半島地震で問題となった感染症

  災害後に地域で発生する感染症は、①災害特有な感染症(外傷・熱傷に起因するもの、溺水に関連するもの、汚物曝露に関連するもの)、②地域特異的な感染症(風土病)、③季節特異的な感染症(インフルエンザやノロウイルス胃腸炎)、④住民の健康状態(結核罹患率、ワクチン接種率など)、⑤災害弱者の存在(妊産婦、乳幼児・小児、高齢者、易感染性宿主など)、⑥避難所での生活状態、⑦持ち込み感染症の有無によって異なってくる(図1)。

図1 能登半島における感染症のリスク

図1

 被災する前の能登半島地域における感染症発生動向を参考にして、2024年1月の極寒の季節(時)に、高齢者が多い人口集団(ヒト)において、長期間にわたり断水が続く避難所(場所)がマスギャザリング状態となった場合に、どのような感染症が問題となるかを列挙してみると、表1のようになる。

 能登半島地震では、高齢者を中心に非被災地域の2次避難施設へ移動してもらう前に、被災者と受け入れ側のマッチングに時間を要するために、一時的な避難所(1.5次避難所)が開設されたが、こちらでも呼吸器感染症、消化器感染症などが散発的に発生した。

表1 能登半島地震の際に問題となる感染症

表1

感染リスクの評価方法と活用方法

 医療機関でのICT活動では、管理されたサーベイランスシステム(院内下痢症、デバイス関連血流感染など)により、アウトブレイクの徴候を見出して、早めの介入をかけることが可能である。また、病棟を定期的にラウンドして、感染対策の遵守状況を確認し、アウトブレイクを未然に防止している。しかし、被災地では、通常のサーベイランスシステムが作動しない。被災地で医療ボランティアが精力的に行われているエリアからは患者数が多く報告されるが、道路が寸断されるなど孤立したエリアからの報告は難しい。したがって、診療実績のほかに、「○○で、何か困ったことが起こっているぞ」という噂を聞きつけて、その真偽を確かめる「イベント・ベース・サーベイランス」の仕組みが非常に重要であり、被災地域には、DMAT、JMATをはじめ、さまざまな支援団体が活動している。そのため、その日々の活動成果の報告会へ参加する意義は大きい。

 避難所での各種感染症のリスクは、それぞれの避難所の状況に応じて刻一刻と変化するものであるが、新興感染症が発生した際に用いられる感染症のリスク評価の思考過程をそのまま当てはめると理解しやすい。公衆衛生上の重要性(重症度、患者数、病原体がもつ感染力[基本再生産数]、効果的な治療・対応策の有無)と、避難所で流行する可能性(曝露の継続性、住民の感受性、現在の感染性[実効再生産数])の2軸で取られるという考え方である。急性呼吸器感染症を例に考えてみると、①震災前と②良好に管理された避難所では、公衆衛生上の重要性は同じだが、避難所で流行する可能性に違いが出てきている(図2)[3]。③コントロールが悪い、混雑した避難所や、④コントロールが悪い高齢者施設をできるだけ②に近づけるような対応が求められる。

図2 能登半島の避難所における急性呼吸器感染症のリスク評価(文献3より作成)

図2

今後の課題

 災害時には、生死に関わる医療(救急、妊産婦、透析など)、メンタルヘルス、生活習慣病(高血圧、糖尿病、高脂血症)への診療などすべての分野において、限られた医療・情報/通信・輸送資源を効果的に分配する必要がある。感染症は超急性期には問題とならなくても、避難所でのマスギャザリング状態が続けば、次の急性期、回復期には必ず問題となる。日本環境感染学会は、DICT メンバーの確保と人材育成に取り組んでいるが、全国の都道府県に十分な数が足りていないのが現状である。今後は、学会員の枠を外して、必要な知識を有して活動できる人材の確保を行っていく必要がある。



【引用・参考文献】

1) 日本環境感染学会.大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き.http://www.kankyokansen.org/other/hisaiti_kansenseigyo.pdf

2) 厚生労働省.厚生労働省防災業務計画.令和3年9月修正.https://www.mhlw.go.jp/content/000752021.pdf

3) ECDC. Operational guidance on rapid risk assessment methodology. https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/media/en/publications/

Publications/1108_TED_Risk_Assessment_Methodology_Guidance.pdf

4) 日本環境感染学会ホームページ.災害時の感染対策 http://www.kankyokansen.org/modules/news/index.php?content_id=552

インフェクションコントロール33巻8号表紙

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*INFECTION CONTROL33巻8月号の掲載の先行公開記事となります。

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