心理学と医療の相互理解と発展を図るユニークな大会
2019年11月10日(日)、日本心理医療諸学会連合(理事長 吉内一浩先生) 第32回大会が千葉大学亥鼻キャンパスで開催されました。「公認心理師時代のこれからの心理と医療の連携」をテーマに掲げ、清水栄司先生(千葉大学)が大会長を務めました。
日本心理医療諸学会連合(The Japanese Union of Association for Psychomedical Therapy;UPM)は、心身医療および心理学的援助を研究するbio-psycho-social領域の諸学会から構成されています。1987年に設立され、現在まで医学や心理学などの学術的背景が異なる15の学会が加盟しています。
名称が医療心理ではなく心理医療となっているのは、心理学の立ち位置を医療側が十分に理解するとともに、心理学系と医療系の学会が互いの学問的特色を尊重し、相互理解と総合的発展を図ることが意図されているためです(同連合ホームページより引用)。
参加者の構成も医師、歯科医師、薬剤師、保健師、看護師、作業・理学療法士、言語聴覚士、歯科衛生士、臨床心理士/公認心理師、教育職、研究職、関連一般職など多職種にわたる、国内学会においても大変ユニークな大会です。毎年持ち回りで加盟学会による講習会が複数企画されており、他領域の考え方や研究動向を効率よく学ぶことができます。
2019年は日本認知・行動療法学会、日本歯科心身医学会、日本交流分析学会、日本カウンセリング学会、日本バイオフィードバック学会による講習会が開催されました。今回はその中から、日本歯科心身医学会主催の講習会について報告します。
連携ではなく協働を。歯科・口腔心身症へのアプローチ
杉本是明先生(黒松内科すぎもとクリニック)の講演「本邦の歯科・口腔心身医学の歴史と歯科・口腔心身症の概念」では、歯科と口腔心身医学の歴史の概観と、歯科医師の独自性について提言がありました。歯科疾患と精神疾患が併存する歯科心身症のケースにおいては、「歯の治療は歯科医師にしか行えない。歯科医師は『歯科の医師』ではなく歯科医師という独立した、医師とは別の独自性と特異性をもった職業である」と述べ、歯科医師と医師との協働(リエゾン診療)の重要性を強調しました。「連携」というと役割に垣根をつくってしまうため、歯科医師と医師とを線引しない「協働」が必要とのことでした。
医療機関で働く公認心理師に対しては、医学一般(内科学等)では看護師程度の、精神医学では精神保健福祉士程度の知識が、そして口腔医学では現場で必要に応じた修練が求められると述べました。
歯科・口腔心身医学には心理職との連携が必要
和気裕之先生(みどり小児歯科)の講演「歯科・口腔心身症における精神科医とのリエゾン診療の実践 ―現代の医療連携の必要性と課題―」では、歯科リエゾン診療におけるケース報告とともに今後の課題が述べられました。和気先生は、歯科領域ではほとんど行われていなかった精神科医とのリエゾン診療を東京医科歯科大学歯学部付属病院で実践しています。そのため講演はより実践的な内容でした。
歯科医師だけでは心身医学療法は行えず、医師との連携が求められます。支持的精神療法や認知行動療法などを応用した心理療法や、薬物療法といった医学的な治療が歯科でも必要になることから、歯学生や歯科研修医への心身医学的教育の必要性も今後の課題として挙がりました。
コメンテーターの依田哲也先生(東京医科歯科大学)からは、「患者さんがほろりと涙をこぼし、自分の心の内を開けてくれると一気に治療が進んでいくことがある。そのためにはどんな話でもできるような信頼関係を築くことが重要」と歯科・口腔心身医療での目指す方向性が示されました。フロアからも、それぞれの専門職で前提としている知識が異なるため、連携するにはどんな共通言語を使用すればよいか事前に話し合うことが必要といった指摘が挙がりました。
これまであまり医療の現場で活躍する機会のなかった心理職は、ともすると最も多職種連携に慣れていない職種かもしれません。だからこそ、本大会のような多職種で議論できる機会が重要だと、あらためて認識しました。
「心の痛み」と「歯の痛み」を聞き取るために
講習会の後半は、玉置勝司先生(神奈川歯科大学)による、歯科・口腔心身医療ワークショップ「口腔領域に愁訴を有する心身症患者に対する医療面接」が行われました。まずは医療面接の3つの柱として、①患者理解のための情報収集、②信頼関係(ラポール)の形成、③患者教育と治療への動機づけについて、心得や聞き取り方のポイントが発表されました。
その後、歯科・口腔心身医学を基盤にした医療面接シナリオをもとに、グループで模擬医療面接を行いました。グループは医師、歯科医師、薬剤師、看護師、心理職、教育職などバラエティに富んだメンバーで構成され、一般参加者が治療者役を、専門医が患者役を演じました。各グループには講演者4人がファシリテーターとして参加し、聞き取りのポイントやエッセンスについて随時助言を受けながら進めました。
「歯の痛み」を主訴とする患者さんでは、心理社会的な要因(家庭、職場、経済状況などによる問題)があるのかどうかを確認する必要があること。問診の中で日常生活に触れる話題を出し、できるだけ自然な流れで聞き取りをすること。そのうえで歯の治療と並行して心身症の治療の必要性の有無を見極める必要があるといったことなどが挙げられました。
歯科医師からは、「歯の痛み」については「どこが痛いですか? 手で教えてください。いつから痛みますか?」など、具体的に聞き取りができる一方で、日常生活などのデリケートな部分にはどこまで踏み込んで質問してよいのか悩ましいという意見が挙がりました。逆に心理職からは「心の痛み」や気持ちの整理については聞き取りやすいが、「歯の痛み」に関する聞き方がわからないといった意見もありました。また、薬剤師からは、構造化面接※として面接シートを事前に記入してもらうことで、聞き取り内容に対してあらかじめ患者さんが準備できるという提案がありました。
「痛み」に対して、治療者側がそれぞれの専門性を生かし、互いを補う協働的治療が重要なのだと実感するワークショップでした。
※ 構造化面接…あらかじめ用意した質問項目にそって面接を実施すること
おわりに
これまで心理職の働く場として主流ではなかった歯科・口腔領域においてもその必要性が高まっています。これこそが本大会テーマの「公認心理師時代のこれから」が示す新たな展望のひとつなのかもしれません。公認心理師という国家資格ができたことで、医療機関での身分が保証され、さまざまな医療の領域で活躍できる機会が増えることと期待されます。本大会に参加して、公認心理師は多様な場で「心の痛み」に寄り添いながら、「身体の痛みに隠れた心の痛み」を拾い上げていく職業なのだと感じました。
(取材・文:宮城学院女子大学 学生相談・特別支援センター 特別支援コーディネーター、同大学 附属発達科学研究所 客員研究員 蒔苗詩歌)