介護職特有の心理的負担への介入
介護職の離職率は、全産業の離職率と比べて約3倍であり、大きな問題になっている。今回は、民間介護施設から依頼を受けて実施した、職員のメンタルヘルスケアとしてのカウンセリングやリラクゼーション講座について紹介する(施設および本人から承諾は得ているが、一部情報を加工している)。リラクゼーション講座とは便宜的な呼び方であり、施設の職員に臨床心理士を知ってもらうための講座である。1回2時間で10人程度を集め、介護職に限らず、施設長や看護師、栄養士などすべての職員に受講してもらう。
講座では、自分自身の介護困難状況下での対処傾向(コーピング尺度)や職業継続意欲、リフレッシュの時間が取れているかなどをワークや課題を交えながら確認した。講座の課題をもとに、個別の対応が必要だと、本人や他の職員が判断した場合に個別カウンセリングを実施した。
個別カウンセリングでは、現状の困り感の聞き取りから始める。その上で、講座で用いたコーピング尺度のフィードバックや、仕事でのつらさをスケール・クエスチョン(SQ)で数値化してもらい、つらいことが起こる頻度や負担の度合いを客観的に把握する。
視覚的に自身の困り感を示すことで、客観的に把握でき、少しでも本人負担を軽減できる方法を一緒に探し、職業継続を目指していく。
事例は、20歳代女性(以下、CL=クライエントの略)。リーダーなどの管理職を除くと、介護職としては職歴が最も長い。
職場はショートステイやケアハウス、デイサービスなど複合的な福祉サービスを提供している法人であり、法人内での異動が多く、職員の入れ替えが激しい職場である。CLは特別養護老人ホームに配属されていた。
これまで、夜勤や早出などの介護職特有の不規則なシフトにも対応してきたものの、仕事中に突然涙が出るなど、不安定な状態が続いていた中で、先述した講座に参加し、「自分が不安定になっているのは不規則なシフトのせいではないことがわかった」と人事に相談し、カウンセリングにつながった。
セルフコントロールのための客観的整理
初回時は、「何がしんどいのか自分でもわからない」と矢継ぎ早に話し、負担感の数値化など、客観的に整理することが難しかった。そこで、心理士と一緒に「負担や困難を感じていること」を書いた付箋の並べ替えや、0~100の数値のスケール上で自身の負担感を示してもらうと、「突然残業を頼まれるなど見通しが立たないこと」「部署替え前のリーダーと今のリーダーのやり方が違うこと」などが高負担に位置づけられた。また、「今後、仕事を続けていく上で、突然の流涙が自分にとっても1番怖い」と自覚しており、心理士に訴えることができたが、涙が出てくる理由はわからないと述べたため、心理士から何かが蓄積されて突然の流涙につながっている可能性はないかを伝え、セルフコントロールの図を作成した。
セルフコントロールの図では、本人が最も困っている「突然の流涙」を100とし、その流涙の前段階にはどのような項目が並びそうかを一緒に検討した。
CL本人が「帰路でも仕事について考えてしまうと家まで持ち越してしまい、そうなってくると突然流涙する」という、これまでのパターンに気がつくことができた。心理士から、50と90の違いを確認すると、「帰りながら家に着くまでに『まあええか』と思えるかどうか。思えないときはまずいんです」と自ら発言することができた。
そこで心理士から、「まずくなってからだと、突然の流涙が起こる可能性が高くなるので、50の時点で誰かに相談してみてください」と促した。
職場内の信頼している先輩を相談相手とすること、職場内で相談しづらいことは心理士に、という具体的な対処法を新たにCL本人が持てたことによって、セルフコントロールが可能となり、現在も介護職を継続している。
介護分野でもっと心理職の活用を
これまでは、現職の方々へのリラクゼーション講座やカウンセリングの実施にとどまっていたが、3年前に一度、入職前の新人研修の一環として、リラクゼーション講座を取り入れたところ、その年の入職者の離職者・休職者は0名となった。翌年は施設側の都合で新人研修が行われず、すると1年未満での休職者・離職者が出てしまった。その次の年は再び実施することになり、現時点での離職者はいない。
上記は、ごく限られた施設内での話ではあるものの、実際に入職前にリラクゼーション講座を受講している年の職員の休職・離職がないことから、介護職特有の心理的負担や自分自身の対処方法を把握しておくことに加えて、予測される事態に対する対応表を同期や上長の職員を交えた場で前もって共有しておくことは、離職が多いとされる介護業界にとって有効な介入なのではないかと感じている。
永山 唯 Yui Nagayama
医療法人社団 創知会
臨床心理士、公認心理師、老年精神医学会上級専門心理士。京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学認知症疾患医療センター専任心理士として認知症の人と家族のカウンセリングに取り組む。2020年より医療法人社団 創知会に入職。
*本記事は、弊社刊行『医療と介護Next』2019年5巻6号に掲載したものを転載・一部改変しております。
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