公認心理師の活躍は産業分野においても期待されています。この連載では、産業分野の心理支援の特徴や面白さについてお届けします。
一般社団法人心理支援ネットワーク心PLUS
コンサルタント 大林 裕司(公認心理師・臨床心理士)
(執筆協力:同 アソシエイト 坂木 琴音)
心理学のイメージとして一番強いのが、やはりカウンセリングだと思います。大学で心理学を学びたい・公認心理師や臨床心理士になりたい(資格を取りたい)と思っている方の多くは、「カウンセラー」の仕事に就きたいと考えているのではないでしょうか。
これは、EAPが従業員のパフォーマンス向上を目的としているからです。家庭・プライベートでの悩みによって、仕事に集中できない状況を防ぐことを意図しています。したがって、家族内の人間関係や、子育て、介護、遺産相続・借金などの法律相談など、さまざまな相談を受ける可能性があります。
加えて、例えば妻から「働いている夫の様子が心配で、どうしたらよいか?」といったように、勤務している労働者の様子を心配して家族から相談が寄せられることもあります。その結果として、労働者自身の相談につながったり、職場の問題解決につながったりします。
具体的には、上司や同僚、人事・総務といった管理部門の方から、様子が心配な従業員への対応についての相談です。
前述の「労働者の様子が心配で、家族が相談する」ことと同様、他者に関する相談対応となります。これは、カウンセリングというよりコンサルテーションと呼ばれる場合が多いのですが、EAPにおいては、上司や管理部門からの相談対応を、「マネジメント・コンサルテーション」と呼びます。
「マネジメント・コンサルテーション」は、EAPを特徴付けるアプローチです。EAP協会が示すEAPのコア・テクノロジー(専門家の重要な諸技能)においても、第一に「組織のリーダー(管理職、組合員、人事)等への問題を抱える社員の管理、職場環境の向上、社員のパフォーマンスの向上に関するコンサルテーション、トレーニング、援助……」と示されています1)。
これは、様子が心配であったり、業務に支障をきたしたりするような何らかの問題を抱えていると思われる従業員への関わり方・専門機関へのつなげ方などに関して、主に上司や管理部門のスタッフの方に対して行う専門的・具体的な助言のことです。ポイントは、病気(精神疾患)かどうかを問題にするのではなく、あくまで業務パフォーマンスの低下(勤怠問題や業務上のミスなど)に着目することです。それらを客観的に本人に伝え、改善を求めるように話をすることで、業務上の問題として当人に向き合ってもらうことが可能になります。
EAPにおけるカウンセリング対応は、1対1のカウンセリングで相談者の心理面をサポートするとともに、関係者へのコンサルテーションやカウンセリングによって、労働者(従業員)個人とその環境との適合を目指すという意味で、臨床心理的地域援助※の元にもなっているコミュニティ心理学の考えを多分に含む手法といえるでしょう。
※臨床心理的地域援助…悩みを解決するために、個人だけではなく、その人を囲む環境への働きかけ情報整理や関係の調整を行ったり、他の専門機関と連携したりすること。
これは、クライアント(相談者)側にとっての利便性を高めることで「早期発見・早期対応」につなげることを意図しています。企業は(海外も含めて)さまざまな場所に拠点を構えていることも多く、対面での対応には限界があることが大きな要因と考えられます。
たしかに対面での対応よりも、電話だと声だけですし、メールやオンラインだとテキスト上の情報が中心になるため得られる情報が少なく、カウンセラーにとっては対面と比較して難しさを伴うものです。しかしながら、利用する側には、以下のようなメリットが多くあります。
・自宅など、移動の必要がなく相談できる。
・匿名で相談することも可能な場合もあり、共有する情報量をコントロールしやすい。
・メールなどでは、文章を書くことで考えが整理できたり、カウンセラーとのやりとりを記録として残したりできる。
もちろんカウンセラーとしては、得られる情報量が多いほど適切な支援を考えやすいです。例えば相談者に希死念慮がみられたときなどは、対面ではない場合のリスクも少なくありません。そういった点から、電話やメール・オンラインによる相談対応には否定的なカウンセラーも依然としておられます。
ただ、相談者側の利益に資するという点からは、やはり選択肢が多いに越したことはないでしょう。あらかじめ緊急時の対応を想定しておくなど、リスクを減らすよう努めながら、多様な相談方法を模索していくべきだと筆者は考えています。取り組みながらその質を高め、問題点を改善していくことが大切だと思います。
そして、COVID−19感染拡大による移動制限が強いられる現状において、このような「相談の多様な選択肢」の必要性はいっそう高まっています。これは、単に移動制限があるからというだけでなく、経済活動の停滞によって、わが国の自殺者数は再び増加の兆しをみせており、より心理的な支援が必要になると考えられるからです。
たしかに相談方法による対応上の限界はあると思います。しかし、メールやチャット、ビデオ会議・電話といったさまざまなツールを用意し、相談者側の視点で支援サービスを整えていくことがさらに求められるのではないでしょうか。
引用・参考文献
1)日本EAP協会.国際EAP学会(EAPA)によるEAPの定義. 1998.http://EAPaj.umin.ac.jp/coretech.html(2021年8月5日閲覧)
2)ジャパンEAPシステムズ編.EAPで会社が変わる!―人事部・管理職のためのメンタルヘルス対策.東京,税務研究会,2005,233p.
著者プロフィール
一般社団法人心理支援ネットワーク心PLUS のホームページはこちら。
※学生の見学や実習の受け入れを行っていますので、お気軽にお問い合わせください。
あわせて読みたい
・第1回 産業領域の心理支援:よせられる相談とは?会社との関わりは?
・第2回 カウンセリングだけではない心理支援:専門家としての情報提供
一般社団法人心理支援ネットワーク心PLUS
コンサルタント 大林 裕司(公認心理師・臨床心理士)
(執筆協力:同 アソシエイト 坂木 琴音)
心理学のイメージとして一番強いのが、やはりカウンセリングだと思います。大学で心理学を学びたい・公認心理師や臨床心理士になりたい(資格を取りたい)と思っている方の多くは、「カウンセラー」の仕事に就きたいと考えているのではないでしょうか。
産業領域のカウンセリングへのイメージとコンサルテーション
産業領域でのカウンセリングは、仕事や職場の人間関係のことで労働者から相談される印象が強いのではないでしょうか。たしかに労働者本人からの相談が中心であることは事実ですが、とりわけEAPでは、それとは異なる視点の相談が発生します。従業員の家族も相談の利用対象である
1つは、従業員の家族も相談の利用対象となっている点です。これは、EAPが従業員のパフォーマンス向上を目的としているからです。家庭・プライベートでの悩みによって、仕事に集中できない状況を防ぐことを意図しています。したがって、家族内の人間関係や、子育て、介護、遺産相続・借金などの法律相談など、さまざまな相談を受ける可能性があります。
加えて、例えば妻から「働いている夫の様子が心配で、どうしたらよいか?」といったように、勤務している労働者の様子を心配して家族から相談が寄せられることもあります。その結果として、労働者自身の相談につながったり、職場の問題解決につながったりします。
マネジメント・コンサルテーション
もう1つは、職場の関係者からの相談がある点です。具体的には、上司や同僚、人事・総務といった管理部門の方から、様子が心配な従業員への対応についての相談です。
前述の「労働者の様子が心配で、家族が相談する」ことと同様、他者に関する相談対応となります。これは、カウンセリングというよりコンサルテーションと呼ばれる場合が多いのですが、EAPにおいては、上司や管理部門からの相談対応を、「マネジメント・コンサルテーション」と呼びます。
「マネジメント・コンサルテーション」は、EAPを特徴付けるアプローチです。EAP協会が示すEAPのコア・テクノロジー(専門家の重要な諸技能)においても、第一に「組織のリーダー(管理職、組合員、人事)等への問題を抱える社員の管理、職場環境の向上、社員のパフォーマンスの向上に関するコンサルテーション、トレーニング、援助……」と示されています1)。
これは、様子が心配であったり、業務に支障をきたしたりするような何らかの問題を抱えていると思われる従業員への関わり方・専門機関へのつなげ方などに関して、主に上司や管理部門のスタッフの方に対して行う専門的・具体的な助言のことです。ポイントは、病気(精神疾患)かどうかを問題にするのではなく、あくまで業務パフォーマンスの低下(勤怠問題や業務上のミスなど)に着目することです。それらを客観的に本人に伝え、改善を求めるように話をすることで、業務上の問題として当人に向き合ってもらうことが可能になります。
働く人と、その環境への支援
以上のように、EAPにおけるカウンセリング対応というのは、単に相談する労働者個人へのアプローチだけではありません。以下の図のように、関係者と連携したり、関係者自身を支援したりすることで、働く人が安心して仕事に専念できる環境づくりを目指していきます。EAPにおけるカウンセリング対応は、1対1のカウンセリングで相談者の心理面をサポートするとともに、関係者へのコンサルテーションやカウンセリングによって、労働者(従業員)個人とその環境との適合を目指すという意味で、臨床心理的地域援助※の元にもなっているコミュニティ心理学の考えを多分に含む手法といえるでしょう。
※臨床心理的地域援助…悩みを解決するために、個人だけではなく、その人を囲む環境への働きかけ情報整理や関係の調整を行ったり、他の専門機関と連携したりすること。
相談方法の多様な選択肢~COVID−19禍だからこそ
産業領域、EAPでのカウンセリングの大きな特徴として、かなり早い時期から、電話はもちろん、メールやオンラインでのカウンセリングを実施していた点も挙げられます。これは、クライアント(相談者)側にとっての利便性を高めることで「早期発見・早期対応」につなげることを意図しています。企業は(海外も含めて)さまざまな場所に拠点を構えていることも多く、対面での対応には限界があることが大きな要因と考えられます。
たしかに対面での対応よりも、電話だと声だけですし、メールやオンラインだとテキスト上の情報が中心になるため得られる情報が少なく、カウンセラーにとっては対面と比較して難しさを伴うものです。しかしながら、利用する側には、以下のようなメリットが多くあります。
・自宅など、移動の必要がなく相談できる。
・匿名で相談することも可能な場合もあり、共有する情報量をコントロールしやすい。
・メールなどでは、文章を書くことで考えが整理できたり、カウンセラーとのやりとりを記録として残したりできる。
もちろんカウンセラーとしては、得られる情報量が多いほど適切な支援を考えやすいです。例えば相談者に希死念慮がみられたときなどは、対面ではない場合のリスクも少なくありません。そういった点から、電話やメール・オンラインによる相談対応には否定的なカウンセラーも依然としておられます。
ただ、相談者側の利益に資するという点からは、やはり選択肢が多いに越したことはないでしょう。あらかじめ緊急時の対応を想定しておくなど、リスクを減らすよう努めながら、多様な相談方法を模索していくべきだと筆者は考えています。取り組みながらその質を高め、問題点を改善していくことが大切だと思います。
そして、COVID−19感染拡大による移動制限が強いられる現状において、このような「相談の多様な選択肢」の必要性はいっそう高まっています。これは、単に移動制限があるからというだけでなく、経済活動の停滞によって、わが国の自殺者数は再び増加の兆しをみせており、より心理的な支援が必要になると考えられるからです。
たしかに相談方法による対応上の限界はあると思います。しかし、メールやチャット、ビデオ会議・電話といったさまざまなツールを用意し、相談者側の視点で支援サービスを整えていくことがさらに求められるのではないでしょうか。
引用・参考文献
1)日本EAP協会.国際EAP学会(EAPA)によるEAPの定義. 1998.http://EAPaj.umin.ac.jp/coretech.html(2021年8月5日閲覧)
2)ジャパンEAPシステムズ編.EAPで会社が変わる!―人事部・管理職のためのメンタルヘルス対策.東京,税務研究会,2005,233p.
著者プロフィール
目白大学大学院心理学研究科修了後、EAP専門機関にカウンセラー・コンサルタントとして勤務。 カウンセリングによる勤労者とその関係者への心理支援に加え、ストレスチェックなどの調査データの 分析・レポーティングや、職場へのメンタルヘルス対策の導入・展開、より良い職場環境づくりなどの コンサルティング業務に従事した後、現職。
専門:産業メンタルヘルス全般・EAP・応用行動分析学・コミュニティ心理学
取得資格:公認心理師・臨床心理士
一般社団法人心理支援ネットワーク心PLUS のホームページはこちら。
※学生の見学や実習の受け入れを行っていますので、お気軽にお問い合わせください。
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・第1回 産業領域の心理支援:よせられる相談とは?会社との関わりは?
・第2回 カウンセリングだけではない心理支援:専門家としての情報提供