木村 正
今から45年前、医学部入学直後の医学概論講義で、当時の教授がわれわれに向かって「君らはかわいそうやの~。病気がどんどん物質レベルで解明されていく。未来の諸君はもう『神さんの使い』ではなく、医師は単なる技術屋に落ちぶれるんや」と予言された。その時は「意気揚々と入学したての若者に何を言うんだ!」と思ったが、それはすごい予言だった。
その後、臨床に行こうか基礎研究者になろうか迷った。初期研修が必修化された今の学生と違って、私の時代では研究志向がまだ残っていた。ヒトの発生や妊娠・出産は不思議なことだらけであった。学年が上がって臨床系の講義・実習が始まると、産婦人科以外の講義は病気を物質の流れで明快に説明してくれた。でも、産婦人科、特に妊娠・出産は how to だけのように思った。まだヒトの発生や妊娠に物質レベルの解析は及んでいなかった。
生意気盛りであった自分は、将来を考える6回生になった時に、大胆にも産婦人科で「自分も何かできるのではないか」と思った。月並みではあるが、産科病棟での退院時の「おめでとう」も魅力的だった。当時の大阪大学には「臨床をやりながら基礎研究をする」雰囲気が溢れていて、それならおめでたくて、でも理屈がわからない産婦人科へ行こう、と決めた。最初の3年は臨床を覚えるのに必死だった。一通りできたと思い込み意気揚々と大学に帰り、妊娠・出産に関わる基礎研究に没頭した。
今でも、物質レベルで全ての妊娠・出産は解明されていないが、その代わり若い医師たちがガイドラインのしもべとなって、「神さんの使い」ではなくなった。 昔の予言は半分当たった。今更「神さんの使い」のふりをする必要はないが、産婦人科はこれからの働き方改革で合理的な医療・医学を展開し、旧来の知識・技術を超え素晴らしい発展をするだろう。世俗の問題は、なるべく上の立場の者に言わせておいて、これからも医師は技術屋ではなく“誇り高き医師”であり続けてもらいたい。
本記事は『ペリネイタルケア』2024年5月号の連載Rootsからの再掲載です。