矢野邦夫先生に「眼梅毒のクラスター」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
「眼梅毒のクラスター」
未治療の梅毒は眼、内耳、中枢神経系への梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)感染に起因する眼梅毒、耳梅毒、神経梅毒を引き起こすことがある。米国ミシガン州において、眼梅毒の5人のクラスターが発生し、CDCがその詳細を報告しているので紹介する。[https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/pdfs/mm7247a1-H.pdf]
事例
2022年3~7月にかけて、ミシガン州公衆衛生当局は眼梅毒の5人のクラスターを特定した。5人の患者はミシガン州南西部の女性であり、全員が同一男性のセックスパートナーを持っていた。彼女らの年齢は40~60歳であり、HIV は陰性であった。5人中1人が第1期梅毒、3人が第2期梅毒、1人が早期潜伏梅毒であった。5人の眼症状はそれぞれ「視界のかすみ、失明の恐怖(バラシクロビル塩酸塩で改善しない性器病変を伴っていた)」「頭痛、軽度の難聴、かすみ目と複視の悪化」「飛蚊症と羞明(全身に発疹があり、手のひらの皮膚が剝がれていた)」「視力の悪化(眼症状の数ヵ月前に性器の疼痛と手と腹部の発疹がみられた)」「飛蚊症、点滅する光、視力の悪化(3ヵ月前に白内障の手術を受けていた)」であった。全患者が入院して、ペニシリンの14日間の静脈内投与で治療された。共通の男性のセックスパートナーは、早期潜伏梅毒であり、眼梅毒は発症していなかった。彼は1回のベンジルペニシリンカリウムの筋肉注射にて治療された。その治療後には追加の感染者は確認されていない。梅毒の分子タイピングはできなかった。
考察
2019年に実施された梅毒症例41,187人についての研究では、神経梅毒1.1%、眼梅毒1.1%、耳梅毒0.4%というように、その発生率はまれであった。そのため、眼梅毒の5人の女性と共通の男性のセックスパートナーとの関連は珍しい出来事である。眼梅毒および神経梅毒は梅毒のどのステージでも発生する可能性があるが、臨床症状は後期梅毒(訳者註:感染から1年以上経過した活動性梅毒)で多くみられ、「65歳以上」および「注射用麻薬を使用している人」で最も多い。しかし、このクラスターでは、全患者が早期梅毒であり、年齢は40~60歳であり、注射用麻薬の使用やトランザクションセックス(訳者註:贈り物、金銭、その他のサービスの授受が重要な要素となる性的関係)を報告した患者はいなかった。
性行為による感染の伝播は「宿主と病原体の要因」「個人と集団のリスク行動」「共有されたソーシャルネットワーク」「病気の蔓延度」に依存する。そして、クラスターは「病原体の株特異的な因子」または「共通の宿主感受性特性」によって説明される。しかし、このクラスターの患者間で「共通の宿主感受性特性」は確認されなかった。さらに、男性のセックスパートナーの治療後にはクラスターに関連した梅毒の伝播は確認されていない。そして、ミシガン州では、その他の眼梅毒患者と性的関係がある眼梅毒患者は確認されていない。これらの観察は、正体不明のT.pallidum株が眼梅毒および神経梅毒を引き起こし、これらの患者とその共通のパートナーが治療された後に伝播を停止した可能性を示唆している。しかし、クラスター特異的または広域なT.pallidum分子型別調査がなければ、この仮説を確認することはできない。
今後の対応
眼梅毒、耳梅毒、神経梅毒を診断するには、それらをつねに臨床的に疑い、徹底的な性交渉歴を得ることが重要である。そして、「疾患のサーベイランス」と「専門家による症例調査、パートナーへの通知、治療の紹介」の連携により、梅毒の伝播を阻止することができる。
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*INFECTION CONTROL33巻4月号の掲載の先行公開記事となります。
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