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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【再掲】2011年東日本大震災関連連載「避難所でのインフルエンザ蔓延防止のための 取り組み-対策の標準化・継続性の有用性-」

*本記事は2011年6号掲載記事の再掲載になります。

*プライバシーの都合により、一部変更しております。

はじめに

 日本医師会災害支援医療チームのメンバーとして,3月24日から27日まで医療支援に参加した[1].宮城県気仙沼市にある1,500人が生活する村のような巨大な避難所(Kケーウェイブ-Wave)を活動拠点に,内科医,精神科医,また,全体の感染症対策のリーダーとして活動した[1](写真1).

 大きな余震が続くなか,氷点下の厳しい寒さが続き,2週間に及ぶ避難生活での疲れで,体調を崩す人が増えて感冒が流行し,活動開始時にはK-Wave でインフルエンザ(以下,Flu)が発生していた.

 病院とは異なる厳しい生活環境のなか,スタッフが短期間で入れ替わる特殊な状況で感染制御に取り組み,インフルエンザアウトブレイクの制圧に成功した.状況に適した柔軟な実践的対策をとる重要性,「アルゴリズム」を作成しての対策の標準化と共有,避難所を離れた後もモバイルを用いての後方支援の継続など,避難所における感染対策を行ううえで参考になればと考え報告する.

写真1

写真1 医療スタッフミーティング

朝夕行われ,情報の共有や引き継ぎを行う.

避難所K-Wave の概要

 避難所K-Wave は気仙沼市総合体育館で,その名称の由来は気仙沼の「K」と波のような建物の外観に由来している.高台に位置するために津波の被害から免れ,建物自体には損傷はなく,自衛隊の支援もあり電気・水道は一部利用できる状態にあった.

 生活の場としては,メインホール,サブホール,武道場2つの計4ヵ所に分かれていた.基本的に家族単位で生活しているが,隣の家族との距離はかなり密着していた.避難所にはたくさんの子どもたちがおり,地元や他県からのボランティアによってプレイルームを利用しての保育が行われていた.

 発熱外来および罹患者の隔離場所は,弓道場にすでに設置されていた(写真2).上記の生活の場所とは離れており,さらに内部が空間的に6つに分けて使用可能であるうえに,窓を開けることで外気との換気ができるなど,非常に適した環境にあった.

写真2

写真2 発熱外来および感染者隔離室入口


Flu 罹患者の概要と発生状況の推移

■避難所の形態 

 気仙沼全体で大小さまざまな避難所が20以上存在したが,Fluが発生していたのはK-Waveのみであった.計17名がFluと診断され,その平均年齢は46.2歳(3~93歳)であり,男女比は6:11であった.外来受診時体温は38.3±1.4℃で,病型はA型12名,B型0名,臨床診断5名であった.ワクチン接種歴については把握できていない.

■Flu 発生状況の推移

 サブホール奥で生活する6歳女児が3月21日午後に発症したのを第1例目に,同日夕方にメインホールで14歳男子中学生が発症した.筆者が活動を開始する24日朝までに計7名,しかも,4ヵ所すべての生活場所で発生している状態であり,Flu制圧が急務であった.

 迅速診断検査陰性時期での早期からの治療開始(臨床診断)や積極的予防投与などの諸対策が奏功し,24日の新規患者5名(うち2名は臨床診断),25日3名(すべて臨床診断),26日0人とアウトブレイク制圧に成功した.

 27日にはメインホールの別の場所から3歳の女児がA型を発症したが,昼寝後に目覚めた時点での発熱のため早期に対応できたこともあり,子どもたちの健康管理を徹底することで経過をみた.その結果,その幼児といつも遊んでいる幼児が28日に発症したのみで収束した.29日以降は新たな感染者はなく,隔離中の方も回復して4月2日にはFluの隔離者はゼロとなった(図1).

図1

図1  K-Wave でのインフルエンザ罹患者新規発生状況

白棒部分は迅速診断検査陰性の臨床診断事例を示す.

感染対策の概要

■教育啓発 

●避難所住民に対して

 放送を利用して,Flu が流行していることや,発熱外来への早めの受診について呼びかけ,周知を図った.筆者が活動を開始したときには,すでに常時のマスク着用が行われていたが,さらに遵守するよう協力をお願いした.

●子どもたちへの教育啓発とプレイルームでの健康管理

 新型Flu 対策として学校保健と連携してきた経験[2]から,子どもたちへの教育啓発や健康管理を重要視した.プレイルームを閉めても,生活の場が同じなので,学級閉鎖のような効果は得られないと考え,逆にプレイルームを利用することで感染対策の強化を図った.

 戸田氏が,手洗いや擦式アルコール製剤の正しい使い方,マスクの正しい着脱法を伝えた.筆者も咳エチケットと「肘ブロック」[3]を指導し,「気仙沼の大人を守る使命」を子どもたちに託した.我々が作成した咳エチケットの曲[4]も流せるようにCD を提供した.早期に発見し早期治療につなげるための子供たちの体調チェックは,ボランティアの保育士に依頼した.なお,プレイルーム内では「思いやりのマナー」として常時のマスク着用[5]と,入室前後での擦式アルコール製剤での手指衛生を徹底した.

■治療について

●臨床診断を重要視しての早期治療の開始

 「インフルエンザシーズン中にあって,施設内で72時間以内に2名の疑い患者があり,そのうち1名が臨床検査で確定」という米国感染症学会の施設内アウトブレイクの定義に当てはめると,K-Wave全体ではもとより,すべての部屋においてアウトブレイクの状態と考えられた.治療上,また二次感染防止の観点からも早期治療が有用であり,発症直後のために迅速診断検査陰性の事例に対しても,臨床診断を重視して積極的に治療を開始した.

●接触者に対する抗Flu薬の投与について

 抗Flu薬の「予防投与」の量や期間は,感染曝露前投与における根拠で決められたものであり,感染曝露後時間が経過してウイルス量が増殖している場合でも,同じ方法でよいかどうかには疑問が残る.新庄らは通常の予防内服量で十分な予防効果を得るためには,発端者が発症してから24時間以内に内服開始することが重要であると指摘

している[6].

 また,今回のK-WaveでのウイルスタイプはA型であり,2010年度に流行した新型である可能性もあり,心身ともに衰弱している状況下では重症化が危惧された.筆者らは,病棟内での新型Fluのアウトブレイク対策で,治療量の抗Flu薬投与を行ったにもかかわらず発症した7例を経験[7]しており,すでに感染曝露から時間が経過している今回のアウトブレイク制圧のためには,予防量ではなく,「治療量」の抗Flu薬投与が必要と判断した.そこで,図2に示すような範囲で,小児を除く計41名の対象者に対して,筆者自らが説明を行い,24日より治療量のオセルタミビルの投与を実施した.なお,高齢で腎不全が否定できない5名には通常の予防量を投与した(図2).小児においてはマスク着用遵守下で健康管理を強化して経過観察とした.

図2

  • 番号は発生順序を,番号がない○のみは微熱で倦怠感などがある疑い例を示す.
  • ①は21日の午後発症.6歳女児で活動量が多く,生活場所がサブホールの左奥で,隣近所や通路を行き来する.
  • ①④⑥⑫はすべて別家族である.
  • ⑧は強い咳嗽を認めたがSpO2低下のためにマスクが着用できず.夜間に看護師詰所前に移動.
  • ⑩は独自に市立病院を受診し,再検査にてA 型と診断され,そのまま入院.すでに家族には予防投与済み.
  • 予防投与の範囲を2メートルと決めていても,場所取りで移動する場合もあり,対象者把握に難渋した.
  • 街に出ていてなかなか会えない場合もある.

図2 インフルエンザ罹患者の生活場所と接触者への抗インフルエンザ薬の投与範囲


●発熱外来および感染者隔離室業務のシステム化

 当初,この部門は過重労働で疲弊している地元の保健師が関わり,検温や食事の持ち運びなども担当していた.そこで彼女たちの業務軽減のために,医療ボランティアのなかから,外来と感染者隔離室の担当を1名ずつ看護師を配置し,業務内容を文書化して申し送ることで,数日単位で入れ替わるスタッフ間でも対応できるように工夫した.換気や「寝癖直しスプレー」の容器を利用しての湿度管理の時間や回数も文書化した.

 感染症担当医師は3~4日の間隔で交代したが,うち1日は重なって業務にあたるように努めた.

●治療に関するアルゴリズムの作成

 担当医師が入れ替わる状況下で,感染制御を専門としていないスタッフでも一貫した対策を行えるように,治療・予防投与・隔離などに関する「アルゴリズム」を被災地を離れる前に作成した(図3).非常に分かりやすいと好評であり,K-Waveのみならず気仙沼医療チーム全体で共有した.ただし,この内容は普遍的なものではなく,KWaveの特性を考慮した暫定的なものである.

図3

  • 隔離や予防投与を含め治療に関する説明は医師が直接行う.
  • 原則,治療は隔離して行う.家人が隔離部屋に入る場合もアルゴリズムに基づいて内服を行う.
  • 隔離の解除は完全解熱(NSAIDs free)2 日を経て3 日目とする.咳症状が続く場合は,隔離の延長が望ましい(抗菌薬併用を検討).解除後3 日間はマスク着用を厳守し,抗インフルエンザ薬は所定の日数服用する.
  • *1 38℃以上の発熱.微熱でも関節痛や全身倦怠感などの全身症状が強い場合
  • *2 タミフル(1 歳以上)→成人および37.5kg 以上の小児 2T 2 x( 1回に 1T)、37.5kg 未満 4mg/kg を1 日 2 回( 1 回に 2mg/kg)、リレンザ(5 歳以上)→1 回 10mg( 5mgブリスタを2 個)を1 日に 2 回吸入
  • *3 小児および腎不全が疑われる場合(Ccr ≦ 30)では慎重投与(小児は,投与せずにマスク着用下で経過観察を推奨)。ハイリスク者には積極的に投与.投与量は治療量の半分量で5 日間
  • *4 隔離解除を検討.ただし,マスクは着用し,抗インフルエンザ薬は規定通り服用する

図3 インフルエンザが疑われる場合*1 のアルゴリズム(K-Wave の特殊性を考慮したアウトブレイク制御のための暫定的対策 2011年3月24日 山内勇人)

●モバイルを利用した支援

 被災地を離れた後も,携帯電話やメールを利用して,感染対策に関して継続した支援を行ってきた.避難所の現場を把握している感染制御医師として,1日に数回現地とやり取りを行い,その状況に応じてアドバイスを行った.4月2日,「3月29日以降は新たな罹患者の発生なく,本日で感染者隔離室の方も回復しゼロになりました」との報告を受けた.なお,Flu 鎮静化に伴い,3月27日ごろより感染性胃腸炎の発生がみられたが,合わせて対応を協議し,4月2日現在,収束傾向にある.

対策を振り返って

 対策が奏功した要因として,施設自体に恵まれておりスペースも豊富であったこと,薬剤やマスクなどの感染対策に必要な物品が充足していたこと,埼玉医科大学のコーディネータやキャンナス(全国訪問ボランティアナースの会)が継続的に中心的役割を果たしておりチーム全体の統制がとれていたこと,また辛抱強い土地柄で被災者の方々はマスク着用などの感染対策に協力的であったことなどがあげられる.なお,抗Flu薬の投与方法を含む治療のアルゴリズムに関しては批判もあるかと思われるが,K-Waveでの特殊性を考慮した緊急的かつ暫定的な方法であり,一般的に推奨する戦略としての提唱ではないことを強調しておきたい.

 今回の活動で改めて感じたことは「実践的感染制御」の重要性である.岩田氏が指摘するように「ここにあるもので,どこまでできるか」という「ブリコラージュ」の発想のもと,いかにその場に適した対策をとるかが求められた[8].しかし,そのためには,まず現場を知ることが大前提であり,今後,災害時に実践的感染制御ができる専門家を避難所などに派遣するシステムの構築や研鑽が求められる.

 また,筆者が現地から離れた後,現場が把握できているという利点を生かし,携帯電話やメールを活用した支援を継続した.後任の感染対策担当者にも恵まれたこともあるが,この方法が非常にうまく機能したことから,今後の支援の在り方を考えるうえで有用と考えられた.

 有名な『雨ニモマケズ』の中で,宮沢賢治は「……アレバ行って」という表現を繰り返している.科学者(農業技術者)であった彼が辛抱強い土地柄の人々を指導する際に,「足を運んで直接説明をする」ことを心がけていたのだろうか.こんな状況にもかかわらず,気仙沼の人たちはとても我慢強いいい人たちであったが,そのことに甘んじることなく,内服にあたっての説明や感染隔離中の診察において,彼の言葉を自らの戒めとして肝に銘じて活動した.我々の活動が避難所の方々の苦しみの軽減に少しでも役立ち,今後の被災地での感染制御に寄与できれば幸いである.




謝 辞

 このような活動の場を与えていただいた愛媛県医師会,たんぽぽクリニックに感謝致します.今回の活動において,東北大学感染制御部の先生方,仙台医療センターウイルス研究所 西村秀一先生から専門的見地からのご指導をいただきました.

 コーディネータとして継続的に活動された埼玉医科大学総合医療センターおよびキャンナス,日本看護協会のスタッフの方々をはじめ,K-Waveで災害医療支援ボランティアとしてともに取り組んだ全国の医療関係者,そして自身が被災者であるにもかかわらず,皆のために労をいとわない地元の保健師およびボランティアの方々に深謝致します

 最後に,オールジャパンの一員として活動できたことを誇りに思います.


■文 献

1)山内勇人.現場レポート7.現場レポート-被災地で救護活動を行って-.メディカ出版ホームページ 医療従事者の皆さまへ: 災害医療関連記事のご提供.

http://www.medica.co.jp/topcontents/saigai/report.php#report07

2)山内勇人ほか.新型インフルエンザ対策における地域保健・学校保健との連携-感染制御医師として地域を守る-.INFECTION CONTROL.19(9),2010,107-13.

3)山内勇人.新型インフルエンザ対策におけるサージカルマスク不足への代替案.INFECTION CONTROL.18(7),2009,9-11.

4)学会トピックス.「咳エチケット」って聞いたことがないが80%も-キャンペーンソング「咳でる時のマナーぞなぁ」などで普及に尽力-.日経メディカルオンライン.2009. https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/pandemic/topics/200903/509785.html

5)山内勇人ほか.インフルエンザ院内感染対策としての予防的マスク着用の有用性.環境感染.21,2006,81-6.

6)新庄正宜ほか.小児病棟におけるインフルエンザ接触者へのオセルタミビル予防内服効果.感染症誌.78,2004,262-9.

7)佐伯真穂ほか.精神科急性期病棟での新型インフルエンザアウトブレイク対応からの教訓-病棟単位での治療量オセルタミビル投与の経験-.第26 回日本環境感染学会 2011 年2 月28 日.

8)岩田健太郎.2011 年の東北地方太平洋沖地震と感染対策.INFECTION CONTROL.20(5),2011,4-8. http://www.medica.co.jp/topcontents/eastjapan_quake/infection.pdf