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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【再掲】2011年東日本大震災関連連載「被災地における感染対策のポイント -感染制御専門薬剤師の立場から-」

*本記事は2011年6号掲載記事の再掲載になります。

*プライバシーの都合により、一部変更しております。

はじめに

 3月11日に発生した東日本大震災に関連し,3月20日~23日は福島県いわき市,3月26日~29日は宮城県石巻市において,のべ8日間にわたり被災地での医療支援に従事した.その際の経験をもとに,被災地における感染対策のポイントについて薬剤師の立場から考察した.

被災地の状況

■概況

 今回の震災の特徴は,被災地が広域にわたること,津波による被害が大きいこと,原子力災害を併発していることの3点があげられる.特に,津波による被害は建物の耐震性に関係なく及んでおり,地域全体が津波に襲われた集落においては,避難拠点となりうるべき学校などの教育施設,病院や診療所などの医療施設,役場や公民館などの公共施設のすべてが損壊しているところも見受けられた.また,電気,ガス,水道といったインフラ設備や,携帯電話などの通信設備の復旧は都市部では順次進んでいるものの,町村部では手付かずのところも多かった.そのような背景から,被災地では多数の避難所が一律でなくさまざまな環境下にあり,その把握や評価に困難を生じているのが現状であった.

■避難所の形態

●大規模避難所(学校校舎や体育館など)

 避難者は数十人から数百人の規模である.対策本部による状況把握が進み,物資の供給などは優先的に行われており,医療班や保健師が常駐しているところも多かった.ただし,大規模であるがゆえに,全避難者に目が行き届かないという問題も生じており,特に自発的な活動レベルが低下している高齢者において深刻であると感じられた.

 施設の性格上,トイレや洗面所などの衛生設備はそれなりに備えられていた.インフラが復旧している地域では一定水準の衛生環境が得られていたが,特に水道の未復旧地域では対策が急務であった.

●小規模避難所(集会所や公民館など)

 避難者は数人から数十人の規模である.対策本部による状況把握はさまざまであり,物資の供給や医療へのアクセスは避難所間で格差が大きいのが特徴でもあった.施設によっては避難者の数に対して衛生設備が十分でなかったり,避難者1人当たりの占有面積が極端に狭かったりし,感染対策上のリスクを生じている所も見受けられた.

●そのほか(損傷を免れた家屋など)
 上述のように,学校や公民館などの公共施設が全壊した地域では,損壊を免れた家屋に地域の住民が避難しているところもあった.このような場合,対策本部による系統的な状況把握や支援は困難であり,一部地域では戸別訪問による医療支援を行った.ただし,1ヵ所あたりの避難者数は少なく,感染対策上のリスクは限定的であった.

■状況把握および評価

 避難所の状況は,対策本部から配布された「避難所アセスメントシート」などを用いて支援に入った救護班が記録し,活動終了後に対策本部に提出することにより情報収集が行われていた.しかし,活動が忙しく十分な情報収集ができなかったり,避難所の数が多くて対策本部に集約される情報が膨大であったりし,必ずしも十分な把握と評価がなされている環境ではなかった.

写真1

写真1 小名浜地区の被災状況

調剤薬局も内部が全壊.

写真2

写真2  宮城県石巻市雄勝町上雄勝の被災状況

小中学校や支所を含め,避難所となりうる建築物がすべて倒壊していた.

支援活動のポイント

■出発前の準備 

●情報を収集する

 状況が日々刻々と変わるため,各種報道やインターネットを通して最新情報をできるかぎり幅広く集める必要がある.また,実際に支援に入る被災地のリアルタイムの状況や,被災者の方のニーズ,先行して被災地入りした救護班の活動状況などをピンポイントで把握する際に,Twitterなども活用できる.

●事前学習をしておく

 避難所で想定すべき感染症や疾病については,事前にある程度学習しておくことが望ましい.インフルエンザや感染性胃腸炎,食中毒などが代表的であるが,高齢者では誤嚥性肺炎も重要である.特に日本感染症学会のホームページ上で公開されている「東日本大震災―地震・津波後に問題となる感染症―Version2」[1]はコンパクトで分かりやすい.

●持参する物品の検討する

 対策本部への物品供給は徐々に充足してきているが,特に必要と思われる物品がある場合は,内容を検討したうえで支援物資として持参することも考慮する(私の場合は地震から比較的早い時期の被災地入りであったため,粉ミルクや大人用オムツなど若干を持参し,対策本部に寄贈した).

■避難所に到着したら,まず情報把握

 実際に支援する避難所に到着したら,まずは最新情報の把握を行う.情報の事前収集した情報はその後変化していることも多いので,参考にしても鵜呑みにはしない.把握に用いるチェックシートは,対策本部で所定の様式が配布されている場合はそれに従う.それ以外の場合,災害看護命を守る知識と技術の情報館[2]や東北感染症危機管理ネットワーク[3]のホームページでチェックシートの様式が公開されているので,あらかじめ印刷して持参すると便利である.

●避難所の基礎的な状況を把握する

①避難者:避難者の数と年齢構成.避難者1人当たりの占有面積.

②ライフライン:電気・ガス・水道・通信の状況.

③衛生状態:洗面所,トイレの環境や入浴頻度.

④健康状態:基礎疾患や感染症の状況.

⑤責任者:避難所責任者の有無や職種.

●避難所の物的支援の状況を把握する

①医薬品:感冒薬,整腸剤などのover the counter drug(OTC)や医療用医薬品の充足状況.

②衛生材料:マスク,液体石けん,歯ブラシなどの充足状況.

③擦式アルコール製剤:本数や補給状況.

④そのほか:食事や衣類の状況など.

●避難所の人的支援の状況を把握する

①医療救護:医療班の巡回状況や活動内容.

②保健師:保健師の常駐の有無や指導内容.

③そのほか:介護を要する避難者への支援状況など.

写真3

写真3 避難所のトイレ

擦式アルコール製剤はあるが利用率は低い.断水中のためプールの水を利用.

■感染対策担当者にできる支援活動の具体的なポイント

 把握した情報を評価し,その避難所に最も必要かつ適切と思われる支援活動を行う.状況により,薬剤師が避難所の感染対策のキーパーソンとして果たすべき役割は大きい.感染対策の視点から,具体的な活動内容の一例を下記にまとめる.

●手指衛生の環境整備と啓発

①擦式アルコール製剤

 仮に水道が復旧していても,擦式アルコール製剤の使用励行は有効と考えられる.医療施設のように頻繁な残量チェックや交換はできないので,据置型の大容量ボトルタイプが望ましく,設置場所についても十分考慮すべきである.特に頻回に使用すべき場所では電池式可搬型オートディスペンサーも有効と思われ,メーカー各位の協力を期待したい.

②啓発用資材

 病院で一般的に用いられている手指衛生の手順のポスターやチラシを持参して掲示・配布したり,メーカーの了解を得たうえで資材の提供を受け,被災地で活用する方法が考えられる.掲示だけでなく,啓発活動も同時に実施できるとなおよい.

●避難所責任者に感染対策の知識を伝える

 避難所責任者が医療職でなく,医療関連の人的支援が不十分な場合は,感染対策について基本的なマニュアルを提供するのも有効な手法である.具体例としては,日本環境感染学会のホームページ上で公開されている「避難所における感染対策マニュアル(2011年3月24日版)」[4]がある.

●避難所における感染対策

①室内環境整備

 温度や湿度の管理が可能な場合は,感染症に対する免疫力を保つため,できるかぎり快適な環境を維持できるよう努力する.必要に応じて定期的な換気の実施も考慮する.

②コホート管理

 学校校舎のように複数の部屋がある場合は,発熱や下痢の有症者の部屋を分ける.体育館のように広い空間では,衝立などを用いたゾーン隔離も検討する.

③経路別感染予防策

 特にコホート管理を行う場合は,併せて飛沫予防策や接触予防策の実施を検討する.

④サーベイランス

 大規模避難所における有症者の推移について,対策本部もしくは避難所責任者が継続的に把握することが望ましい.

写真4

写真4 擦式アルコール製剤

使用を呼びかける掲示などが必要か.

■引き継ぎ

 活動内容を次の支援者に引き継ぐことは非常に重要である.このような活動は継続して行われることに意味があるためである.実務上は簡単な書面や口頭での引き継ぎという場面も多いが,重要度によっては詳細な記録を提出すべきである.

そのほかの注意

①ボランティア登録

 病院救護班でなくボランティアの場合は登録が必須.飛び込みはかえって被災地の迷惑になる.日本薬剤師会や日本病院薬剤師会のホームページから登録を行う.ボランティア保険も確認しておく.

②個人装備

 収集した情報をもとに装備を整える.医療職も一般ボランティアも「自己完結型」が基本.携帯用の擦式アルコール製剤は必ず個人持ちとする.自身の職種が一目で分る標章も必要.名刺(他チームと協同する場合に便利)やハサミ(PTPシートを切るために必要)なども忘れない.

③活動形態

 薬剤師のみの場合と多職種の救護班の場合では,求められる役割は大きく異なる.医療チームとして活動する場合は職種の壁を作らず,できることは積極的に手伝う.

④活動報告

 被災地での活動状況に関する報告は,次に活動する人々に大変参考となる.帰着後は活動報告書(簡単なメモ程度でも可)を所属先や派遣団体などに提出する.写真撮影に際しては,被災者の方のプライバシーに配慮する.

 被災地での活動は,自分の健康管理ができることが大前提です.くれぐれも体調に気を付けて,日ごろ習得した知識や技能を,被災者の方々への支援に発揮してください.


■文 献

1)東日本大震災-地震・津波後に問題となる感染症-Version2.日本感染症学会.http://www.kansensho.or.jp/disaster/disaster_infection_v2.html

2)兵庫県立大学看護学研究科COEプロジェクト.災害看護命を守る知識と技術の情報館ホームページ.http://www.coe-cnas.jp/index.html

3)東北感染症危機管理ネットワーク.東北大学大学院医学系研究科感染制御・検査診断学分野ホームページ.http://www.tohoku-icnet.ac/

4)避難所における感染対策マニュアル(2011年3月24日版).

http://www.kankyokansen.org/new/110325_news_manual.pdf