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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【再掲】2011年東日本大震災関連連載「感染管理認定看護師の被災地活動レポート 『 被災地における感染対策の実践報告 -ICNが見た現地の実際-』」

*本記事は2011年7号掲載記事の再掲載になります。

*プライバシーの都合により、一部変更しております。

はじめに

 昭和大学医療救援隊は3月15日から約1ヵ月間,岩手県下閉伊郡山田町で活動し,私は第7陣として4月9日~15日まで医療救援活動に従事した.山田町は人口約18,000人,世帯数約6,600(被災前),リアス式海岸を利用した養殖を中心的産業とする町だが,今回の震災で広域が津波被害に遭い,その後広がった火災で壊滅的な被害となった(表1). 写真1 私が参加した第7陣は,津波で1階が壊滅した病院での外来診療,各避難所の訪問診療,理学療法士による廃用症候群予防,現地で流行しているインフルエンザなどの感染症対策を実践した.また,被災地入り前の後方支援活動,および活動終了後に感じた二次的な効果についても合わせて報告したい.詳細と今後の課題については表2参照.

被災地入り前に行ったこと

 震災発生後から,現地の感染関連情報を収集した.病院管理者に,「ブリコラージュ」(今あるモノ・ヒト・時間でできること,継続可能で無理のない方法)を実践する難しさと,感染対策担当者を派遣する必要性を訴えると同時に,不在の間は兼任のICNに協力を得られるよう調整を図った.また,被害状況から判断し,派遣する職員に破傷風トキソイドを病院負担で接種することを交渉した.

 派遣する職員のなかでリーダーシップを発揮する中堅看護師に対しては,さまざまなWeb公開資料などを集約し,津波などの水害に特有の感染症,破傷風,風土病についての情報提供や,インフルエンザやノロウイルス対応,消毒薬不足時の代用法の指導を行った.すでに派遣された職員からは,リアルタイムの現地情報を収集した.

写真1 写真2 写真3

被災地での感染対策

■避難所のKeypersonを確認し情報を共有する

 山田町にある約500人が身を寄せる大規模避難所では,インフルエンザが流行し,約5日間で30人を超える感染者が出ていたが,その情報はほかの避難所には届いていない状況だった.大規模避難所では,自衛隊風呂が設置されたり各種イベントが開催され,入浴希望者やイベント参加者がさまざまな避難所から集まり,交差感染ひいては地域全体でのアウトブレイクが懸念された.

 そこで,保健師と連携して,各避難所で中心となって活動 そこで,保健師と連携して,各避難所で中心となって活動している「Key person」に対して,衛生管理についての正確な情報提供を行ったところ,避難者を対象に講演会・感染対策レクチャーを実施することとなった.保健師には管轄内外での密な連携と,情報共有を依頼した.

■ブリコラージュも含めた効果的指導

 講演会実施のタイミングは,避難者がいっせいに集まる夕食前などの時間に合わせた.効果的な指導にするため,下記の4点をポイントとし,工夫して実施した.このほか,咳エチケットについても同様に,肘の内側を使う方法などを実施した.

① 幅広い年齢層に浸透するよう分かりやすさとインパクトを重視する

 ダンボールで仕切られた各ブースに職員を1名ずつ配置し,マイクの声に合わせ,擦式アルコール製剤の擦り込み法を一緒に実施してもらう能動的手法で,手指衛生の重要性にインパクトを持たせた.

② 避難者の目線を「最低限」の内容に絞る(手洗い場が外にあるなどの環境も把握する)

過酷な状況・環境を把握していることを強調したうえで,「これだけは必要」という説明につなげた.

③ 避難者の立場でできるブリコラージュ(モノ・ヒト・時間の3側面から)

 手洗いのタイミングを「外から戻ったとき,食事前,トイレ後(子ども,他者のトイレ介助後含む)」に絞り,炊き出し担当者には「肉・魚などの生もの取り扱い後」を追加した.

④感染者が差別を受けないために配慮する

 医師が補足説明を行った.

■Key personとともにブリコラージュを考える

 各避難所の「Key person」は,物資の配給状況や避難者の概要を把握し,各避難所を統括する存在である.継続できる衛生管理や感染対策を検討する際には,こうした方々と意見交換し,ともにブリコラージュを考えていくことが,有効な方策発見の近道となる.Key personは,実際には,被災した看護師,震災後に地元に戻った2年目の看護師,介護福祉士,保健師,県や町の職員とさまざまであった.実施したブリコラージュの一例を下記にあげる.

①家庭用漂白剤を用いたトイレ用消毒剤を作成する

②環境清掃時は,ペーパーの代用で,ポケットティッシュを使用する

③清掃手順は,便器・床よりも,高頻度接触表面を優先する

④スプレー式ボトルに詰め替えた消毒薬を使用する

⑤排泄物処理時は,手袋の代用で,ビニール袋を使用する

 避難所では,すでに清掃手順などが検討,作成されていた.これを修正する際は,まず相手の労をねぎらい,できている点を肯定的に認めたうえで交渉するよう心がけた.このほかにも,感染者の隔離スペースの有無や,学校再開後の隔離部屋の確保についても問いかけ,感染拡大時に素早く対応できるよう,事前準備と意識付けを行った.

■避難者の反応

 講演会後に,避難者から拍手が湧き,「感染予防,頑張ろう!」という医師の声掛けに「おー!」と力強い返事と笑顔がみられた.後日,複数の方から「手洗いやってるよ」と声をかけていただいたり,避難者同士で「手の消毒した?」とやり取りする場面や,慣れない手つきで手指消毒する子どもの姿もみられた.医療過疎地でのこうした活動は予想以上に反響があり,効果が大きかったと思われる.

■そのほかの活動

 インフルエンザ患者が発生していた避難所では,講演会の最後に簡易体温計を用いて有熱者スクリーニングを実施し,発熱者の早期発見に努めた.避難者が講演会でのレクチャーを思い出すきっかけとなるように,ポスターやリーフレットを,自施設の兼任ICNや事務員の協力で至急現地に送ってもらい,手書きでポイントを加えて掲示した.掲示場所は,行政からの連絡を貼る壁や,食事配給時に並ぶ場所などとした.

 医療救援隊が一同に集まる会議で,情報共有の徹底と,自衛隊風呂の移動やイベント開催中止を検討する必要性を訴えた.アクティブサーベイランスの実施についても検討したが,他医療機関の協力体制が整っていないこと,症例定義などを検討できる専門家がほかにいないことから断念せざるをえない状況であった.

写真4

被災地から戻って自施設で行ったこと

 病院内の活動報告会で,感染対策担当者の立場から,現地の状況から破傷風トキソイドの事前接種は有意義であったこと,ブリコラージュを検討するためには,感染対策の知識と応用力が必須であることを訴えた.全職員が感染対策の知識と技術を身に付けることが,災害時の医療支援需要に応える要となると考え,この経験を教訓として「災害時に行う感染対策」について教育機会を設けることを現在検討している.

被災地支援活動を終えて感じたこと

 被災地では,医療従事者は全職種が一丸となって感染対策を実施した.講演会などを通して,医師やICNのみでなく,研修医や看護師も感染対策指導を実施することで,職員への教育効果もみられた.さらに指導が成功した場合には,成功体験となって感染対策に関する意識と知識の強化につながったと考える.

 また,啓発ポスターの作成を通して,譲れない点と妥協点,従来の方法を混乱なく修正する方法,効果的な掲示場所をICNとともに考えることで,現地での感染対策指導の機会となった.

 その結果,救援隊のほかのメンバーから「感染対策を初めてここまで考えた」「自施設に戻ってから勉強しよう」「肘の内側で咳をする癖が付いた」や,感染対策の困難さや細部まで目を配る様子から「小姑みたいに対応しないと務まらない」などの言葉も聞かれた.「被災者の健康管理に感染対策が重要」と報告したメンバーもいた.これらは今回の活動で得た大きな二次的効果として,今後につながるものと確信している.

表2 実践した感染対策の詳細と今後の課題(赤字:特に重要と感じたポイント)写真1

写真1

おわりに

 避難生活は今後長期に及ぶことが予測される.そのなかで,医療従事者は被災者の目線で生活環境を知り,柔軟にブリコラージュを考え,被災者自らが解決方法を見出すための知識と知恵の提供が必要である.現地は急性期を脱し,中長期的な支援として健康管理などの予防医療が今後の需要になるだろう.これに対し,ICNなど専門家の積極的かつ継続的な派遣と,各種専門家の連携が重要であると感じる.また,感染対策担当者のさらなる育成,ICNの複数配置推奨やそれに対する病院管理者の理解,各種ネットワークを通じた災害発生後早期からの派遣体制確立を検討していくべきではないだろうか.

 今回,派遣を快諾し協力してくださった病院関係者,被災地で連携したすべての方々,板橋隊長を始め医療救援隊第7陣の全員に感謝申し上げます.少しでも早く山田町,そしてすべての被災地の方々に平穏な心と生活が戻ることを祈ると同時に,この報告が今後活動される方々の手助けとなることを願っています.