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トップページ 感染症・感染管理/インフェクションコントロール 【連載】寄生虫からひもとく風土病探訪記「第1回 忘れてはならない戦いの歴史:風土伝承館 杉浦醫院」

第1回 忘れてはならない戦いの歴史: 風土伝承館 杉浦醫院

*本連載は2019年1月号~12月号の本誌連載の再掲載記事になります。



患者の特徴

81歳男性、大腸がんの手術標本で石灰化した虫卵を認めた。居住地を聞くと山梨県で農業を営んでいるという。父母ともに肝硬変で亡くなっている。

さてこの寄生虫は…?

◎日本住血吸虫症

 日本住血吸虫はミヤイリガイを中間宿主とする寄生虫であり、哺乳類の門脈内で成虫となる。ヒトが水田などの水辺で作業をする際に、尾を持つ幼虫(セルカリア)が皮膚から侵入し皮膚症状や発熱などの症状が起こる。慢性期では、腸管や肝臓に沈着した虫卵を中心に結節や線維化が進み、肝脾腫、門脈圧亢進、腹水貯留が進み死に至る。

 日本国内では、1978年山梨県の感染者を最後に、新規感染者は発生していない。1996年山梨県における終息宣言をもって国内の日本住血吸虫症は撲滅された(図1)。日本は住血吸虫症を撲滅、制圧した世界唯一の国である。住血吸虫症との戦いの記録が、山梨県昭和町にある風土伝承館杉浦醫院に残っている。館長の中野良男さんにお話を伺った。図1図1 住血吸虫の終息宣言記念碑(杉浦醫院内)

山梨における住血吸虫症制圧の歴史

 山梨県では古くから腹水がたまる原因不明の奇病により多くの農民の命が奪われてきた。よく働くものがかかる病気と住民は意識していたそうである。感染症コントロールには原因微生物と感染経路の特定、診断・治療法の確立、患者の早期発見と適切な治療、感染源のコントロール、住民教育が重要である。これはどの病原体であっても変わらない基本対策である。

 日本住血吸虫の原因が寄生虫であることが明治時代に解明された。ホタルが多く出る地域と患者発生が重なることから、ホタルの幼虫が食べる貝が原因ではないかと推測され、中間宿主であるミヤイリガイが特定された。大正になり、治療薬であるスチブナールが開発され、疾患撲滅への活動が大きく進んだ(図2)。杉浦醫院では多いときに1日200人ほどの患者にスチブナールを投与し、住民の命を救ってきた。住民教育は子供向けの絵本や冊子、ポスターや宣伝カーなどさまざまな手段で行われた。農民には農作業時にはできるだけ脚きゃ絆はん、腕袋の着用を行うよう指導し、セルカリアとの接触を極力回避する努力も試みられたが、作業効率が悪くなることから定着せず、足に塗る油(水をはじくため)が用いられていたという。図2

図2 スチブナールの実物(杉浦醫院所蔵)

ベクターコントロールとして薬や捕食動物を用いたミヤイリガイの殺貝活動、用水路のコントロール化、家畜や野生動物の保虫調査と駆除が行われた。こうした努力の結果、新規発生者撲滅というゴールが達成された。しかし、いまだにベクターであるミヤイリガイは生息している。ただ制圧できたと考えられていた感染症が再び問題となることは歴史的にもある。

 感染症が制圧されることはすばらしいことであるが、診断を想起できる医師が減ることは事実である。目の前に住血吸虫症の患者が来たら、あなたは診断することはできるだろうか? 日本住血吸虫症という疾患に苦しんだ患者が数多くいたという事実、戦いの歴史を私たちは忘れてはならない。


インフェクションコントロール33巻2号表紙

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