浜松市感染症対策調整監 兼 浜松医療センターの矢野邦夫先生に「RSウイルスに関するCDCの推奨」についてご執筆いただきましたので、掲載いたします。
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RSウイルスに関するCDCの推奨
はじめに
2023年、CDC が立て続けに、RS ウイルス(respiratory syncytial virus, RSV)に対する推奨を公開した[1‒4]。それは「高齢者と妊婦へのRSV ワクチンの接種」と「幼児への長時間作用型モノクローナル抗体の投与」である。
高齢者がRSVに感染すると下気道疾患を引き起こし、重症化することがあるため、ワクチンを接種する。妊婦に接種すれば抗体が産生され、胎児に抗体が移行して、出産後の新生児をRSV から守ることができる。そして、妊婦がRSVワクチンを接種しなかった場合や接種しても日数が経過せずに出産した場合には、新生児に長時間作用型モノクローナル抗体を投与して、RSVから守るという戦略である。これらが徹底されることによって、高齢者および幼児におけるRSV関連入院や死亡が激減することが期待される。
RSウイルス
RSVは、冬季に世界中で季節性の呼吸器疾患の流行を引き起こしている。ほとんどの人は生後1年以内にRSVに感染し、ほぼ全員が2歳までに感染する。そして、再感染することが一般的である。通常、小児や成人がRSVに感染すると、上気道の症状を呈するが、高齢者や幼児では下気道疾患を発症することがある。実際、米国では65歳以上の成人がRSV関連疾患により年間6万~16万人入院しており、6千~1万人が死亡していると推定されている[1]。
1歳未満の幼児においても、下気道疾患の最も多い原因としてRSVがあげられる。幼児がRSVに感染すると、細気管支炎を合併することがある。細気管支炎に罹患すると重症化して、入院が必要になることがある。米国の5歳未満の幼児では、毎年約5~8万人のRSV関連入院と100~300人のRSV関連死亡が発生している。
30週以下(早産)で生まれた場合のRSV関連入院率は正期産児の3倍である。未熟児はRSV関連入院の危険因子であるが、RSVは健康な正期産児の入院の主な原因でもある。実際、RSV で入院した2歳未満の幼児の約79%には基礎疾患がなかった[2]。
CDCの推奨
RSV ワクチンに関するCDC の推奨について、表1[3]に示した。60歳以上の成人は、「臨床上の意思決定の共有(shared clinical decision-making)」に基づき、RSV ワクチンの単回接種を受けることができる。生後8ヵ月未満の幼児はRSVシーズン中に生まれた場合、または生後初のRSVシーズンに入る場合にはニルセビマブ*を1回投与する。生後8~19ヵ月の幼児は、重篤なRSV 疾患のリスクが高く、生後2回目のRSV シーズンに入る場合にはニルセビマブを1回投与する。妊婦は、妊娠32~36週かつ、RSVシーズンの直前または期間中にRSV ワクチンを1回接種する。
表1 RSVの免疫化(文献3より作成)
RSVワクチン[1]
2023年5月、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)は60歳以上の成人におけるRSV関連下気道疾患の予防のための最初のワクチンを認可した。「RSVPreF3(薬剤名:Arexvy[GSK])」は、1回接種(0.5mL)のアジュバント(AS01E)添加の組み換え型安定化融合前F 蛋白(prefusion F protein, preF)ワクチンである。「RSVpreF(薬剤名:ABRYSVOTM[ファイザー])」は1回接種(0.5 mL)の組み換え安定化preFワクチンである。
60歳以上の成人へのRSVワクチン[1]
予防接種の実施に関する諮問委員会(AdvisoryCommittee on Immunization Practices, ACIP)は、「臨床上の意思決定の共有」に基づき、60歳以上の成人にRSVワクチンの単回接種を受けることを推奨した。日常的なリスクをベースとしたワクチン推奨とは異なり、「臨床上の意思決定の共有」に基づく推奨は、特定の年齢層または特定可能なリスクグループのすべての人を対象とするわけではない。接種するかどうかの決定は、医療提供者と患者の間の話し合いに基づいて行われるべきである。そして、その決定は「病気のリスク、患者の特性、価値観、好み」「医療提供者の臨床上の裁量」「ワクチンの特徴」によって導かれる。
GSKまたはファイザーのRSVワクチンの単回接種は、60歳以上の成人において、連続2シーズンにわたるRSV 関連下気道疾患の予防に関して中程度から高度の有効性を示した。どちらのワクチンも忍容性が高く、安全性プロファイルは許容範囲内であるが、接種後に炎症性神経学的事象(ギラン・バレー症候群、急性散在性脳脊髄炎など)が6件報告されている。
RSVワクチンの接種は、重篤なRSV疾患のリスクが最も高く、したがってワクチン接種の恩恵を受ける可能性が最も高い人を対象とすべきである。
妊婦へのRSVワクチン[2]
2023年9月22日、CDC は幼児を重篤なRSV疾患から守るために、妊婦へのRSVワクチンの接種を推奨した。この新規ワクチンであるファイザーのRSVpreFは、生後6ヵ月以内の幼児のRSV入院リスクを57%軽減することが示されている。また、出生後の幼児を最大限に保護するために、CDCは妊娠32~36週の妊婦にRSVワクチンをRSVシーズンごとに1回接種することを推奨している。
このワクチンは、幼児を重篤なRSV疾患から守るための二つの新しいツール(RSVワクチンとニルセビマブ)のうちの一つである。このように、CDCは幼児に対する新たなRSV免疫化を推奨しており、それにより幼児のRSV関連入院と医療機関受診のリスクが約80%減少することが示されている。
ほとんどの幼児は「母親へのRSVワクチンの接種」または「幼児へのニルセビマブの投与」のいずれかによる保護が必要と考えられるが、両方が必要ということはない。ただし、母親のワクチン接種後2週間以内に新生児が生まれた場合、医師は新生児にニルセビマブを推奨する可能性がある。
幼児への長時間作用型モノクローナル抗体[4]
ACIPは「RSV シーズン中に生まれた、または生後初のシーズンに入っている生後8ヵ月未満のすべての幼児」および「重篤なRSV感染症のリスクが高く、生後2回目のRSVシーズンに入っている生後8~19ヵ月の幼児」にニルセビマブの投与を推奨した。
ニルセビマブは、RSV流行期(通常は秋から春)の直前または期間中に、筋肉内注射として1回投与される。ニルセビマブ投与の最適なタイミングは、RSVシーズンが始まる直前である。RSV流行の直前または流行中に生まれた新生児には、生後1週間以内にニルセビマブを投与する。ニルセビマブと小児用ワクチン(4種混合ワクチンなど)の同時投与による有害事象の発生率は、ワクチン単独と同程度であった。ニルセビマブは、小児用ワクチンに対する免疫反応を妨げるものではないと考えられる。
*ニルセビマブ(nirsevimab)は半減期延長技術(YTE置換)を利用し、単回投与で効果を発揮する長時間作用型抗体である。別のモノクローナル抗体であるパリビズマブ(palivizumab)は、重篤なRSV疾患のリスクが高い特定の状態を有する生後24ヵ月未満の幼児に限定されている。パリビズマブはRSVの流行期には月に1回投与する必要がある。
【引用・参考文献】
1) Melgar, M. et al. Use of Respiratory Syncytial Virus Vaccines in Older Adults:Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices―United States, 2023. MMWR. 72(29), 2023, 793‒801. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/pdfs/mm7229a4-H.pdf
2) CDC. CDC recommends new vaccine to help protect babies against severe respiratory syncytial virus(RSV)illness after birth. https://www. cdc.gov/media/releases/2023/p0922-RSV-maternal-vaccine.html
3) CDC. Respiratory Syncytial Virus(RSV)Immunizations. https://www.cdc.gov/vaccines/vpd/rsv/index.html
4) Jones, JM. et al. Use of Nirsevimab for the Prevention of Respiratory Syncytial Virus Disease Among Infants and Young Children:Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices ― United States, 2023. MMWR. 72(34), 2023, 920‒5. https://www.cdc.gov/ mmwr/volumes/72/wr/pdfs/mm7234a4-H.pdf
*INFECTION CONTROL33巻2月号の掲載予定の先行公開記事となります。
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